To Overcome New Liberalism
安倍新政権は新自由主義と決別せよ。
年次改革要望書に追従した小泉・竹中政治
── 総選挙が終わり、新政権が発足するが、新自由主義路線が再び強まる恐れがある。
アメリカの一部勢力は、世界中で新自由主義を浸透させようとしてきた。中南米などで極めて強引な手法がとられたことは、カナダの女性ジャーナリスト、ナオミ・クライン女史が書いた『ショック・ドクトリン』で明らかにされている。ショック・ドクトリンは「惨事便乗型資本主義」とも呼ばれるように、災害などの惨事につけ込んで新自由主義を押し付けようという荒っぽい手法だ。チリやアルゼンチンでは,政治弾圧が日常茶飯事だった。日本では、ここまでの手法はとられなかったものの、アメリカは年次改革要望書などを通じて様々な要求を突きつけた。この要求に添って、新自由主義路線を一気に推し進めようとしたのが、小泉政権であり、その中心人物が経済財政政策担当大臣などを務めた竹中平蔵氏だった。小泉・竹中によって強行された新自由主義路線は失敗だったことが明らかになったにもかかわらず,日本には依然としてその残党が大勢生き残っている。現在の危機は、こうした残党復活の動きによってもたらされている。
小泉・竹中路線によって、郵政民営化が進められたが、その狙いは、郵便貯金と簡易保険による巨額の国民資産の私物化と外国への国民資産の移転だったのではないか。総資産量三百五十兆円に及ぶ「ゆうちょ銀行」と「かんぽ生命」がアメリカ資本の手に渡る危険性すらあったのだ。 日本に対する要求は、社会の様々な分野に及んだ。新政権の発足で再び危機が迫ろうとしているいま、改めて小泉政権下の新自由主義の展開を振り返る必要がある。
小泉政権では、アメリカ型の企業統治を導入するために会社法が改正され、労働や医療の分野で制度改革が進められた。その推進役が経済財政諮問会議であり、同会議が策定した構造改革の基本方針は「骨太の方針」と名付けられた。小泉政権時代、同会議には民間から牛尾治朗氏、奥田碩氏、本間正明氏、吉川洋氏が起用された。
まず、労働分野では、小泉政権下の二〇〇四年三月に製造業への派遣解禁などを含む改正労働者派遣事業法が施行された。このとき旗振り役を演じたのが、オリックスの宮内義彦氏を議長とする総合規制改革会議だった。すでに、二〇〇一年七月に総合規制改革会議は製造業への派遣解禁のために、可及的速やかに法改正を行うべきだと主張していた。驚くことに、同会議委員にはザ・アールの奥谷禮子氏、リクルートの河野栄子氏、イー・ウーマンの佐々木かをり氏と、人材関連企業のトップ三人が名を連ねていた。露骨な利益誘導だったのではないか。
── 医療分野の規制改革の旗を振ったのも、宮内氏だった。
宮内氏が議長を務めていた規制改革・民間開放推進会議は、二〇〇四年八月に「混合診療を全面解禁すべき」と主張した。混合医療とは、医療にも市場原理を導入しようという考え方に基づくものだ。健康保険法では、治療行為はすべて医療保険で給付しなければならないと定められている。しかし、「医療にも市場原理を導入せよ」いう考え方に基づいて、公的保険でカバーする医療の範囲を限定し、それ以外の医療は自己責任に基づいて市場に委ねようという主張が強まった。公的保険とそれ以外の医療を組み合わせるため、「混合診療」と呼ばれている。このときは、厚労省が抵抗して、混合診療の全面解禁を阻止、一部の例外分野に限って認めている現行制度を拡充することで決着した。
医療の分野に市場原理が導入されることになれば、やがてわが国が誇る国民皆保険も崩壊することになるだろう。その行きつく先は、低所得者がまともな医療を受けられないアメリカのような現状だ。マイケル・ムーアが映画『シッコ(Sicko)』で描いたような、悲惨な状況が待っている。
── 規制改革・民間開放推進会議は、二〇〇四年十一月には「教育バウチャー制度」の検討を提言した。
教育バウチャーという発想は、もともとミルトン・フリードマンが提唱したもので、教育分野へ市場原理を導入するという発想だ。二〇〇六年九月に発足した安部政権が設置した教育再生会議において、実際に教育バウチャー導入が検討されたが、文部科学省から慎重論が出たことや安倍首相の辞任によって見送られた経緯がある。
新政権が新自由主義路線に回帰する危険性
── 新自由主義の導入は、地方経済を疲弊させ、共同体を破壊し、格差を拡大させた。
新自由主義を世界的に見ると、二〇〇八年のリーマン・ショックは大きな転換点となった。ヨーロッパ各国は新自由主義からの脱却を模索するようになっている。かつて「ショック・ドクトリン」により、強引に新自由主義が導入された中南米は、いまや完全に路線転換した。アメリカでも、第二次オバマ政権は新自由主義からの脱却を模索しているように見える。
これに対して、日本では二〇〇九年の民主党への政権交代が、自民党政権が進めてきた新自由主義からの脱却が模索された。郵政民営化については,株式売却の凍結がなされた。その後国民新党や公明党が主導する形で、改正郵政民営化法成立にこぎつけたものの、郵政グループの組織見直しやユニバーサル・サービスの維持・発展に筋道を付けるにとどまった。
民主党、社民党、国民新党の連立与党は、製造業派遣の原則禁止のみならず、「登録型派遣」の原則禁止を盛り込んだ労働者派遣法改正で合意し、二〇一〇年四月に改正案が提出された。しかし、成立しないまま時間が過ぎ、二〇一一年十一月に民主党、自民党、公明党の間で「製造業派遣の原則禁止」を削除した改正案に合意してしまった。結局骨抜きにされた法案が通過したに過ぎない。
── 鳩山首相の退陣を受けて二〇一〇年六月に発足した菅政権は、突如TPP参加を言い始めた。
TPPは農業など一次産業だけの問題ではなく、あらゆる分野の制度改革を迫るものだ。医師会などは、TPPが混合診療の全面解禁に繋がることに危機感を強めている。まさにTPPは、年次改革要望書の延長線上に位置づけられるものであり、医療、労働などの分野にとどまらず、残留農薬の規制、遺伝子組み換え食品の表示義務、BSE対応策など食の安全を守るための制度が破壊される可能性もある。
── 新政権では、様々な分野で新自由主義路線が強まる可能性がある。
小泉政権がアメリカの年次改革要望書に追従する形で新自由主義を推進したように、新政権が対米従属を強めて、アメリカの要求に屈することを阻止しなければならない。対米自立の姿勢を欠いたまま、自民党は「日米同盟の強化」を、日本維新の会は「日米同盟の深化」をそれぞれ掲げている。
経済政策を見ると、自民党は政権公約で「大胆な規制緩和」と題して、「戦略分野ごとに企業の活動のしやすさを世界的先端にするための『国際先端テスト』を導入し、国際比較した上で規制などの国内の制度的障害を撤廃します」と謳った。新政権が再び小泉・竹中路線に回帰する危険性があるのだ。
特に気になるのが、日本維新の会の政策だ。当初から橋下氏には新自由主義的な色彩が強かった。例えば、菅政権発足まもなくの二〇一〇年六月八日、橋下氏は「僕は競争を前面に打ち出して規制緩和をする小泉・竹中路線をさらにもっと推し進めることが今の日本には必要だと思っている」と明言している。
日本維新の会は、「前例と既得権益に縛られない大改革(グレートリセット)」というような口当たりのいい表現を用いて、新自由主義的政策を全面に打ち出している。一体どこの国のための政策なのかといいたくなるような項目ばかりが並んでいる。
まず、「維新八策」には、「競争力を重視する自由経済」、「イノベーション促進のための徹底した規制改革」、「TPP参加、FTA拡大」、「教育バウチャー(クーポン)制度の導入」、「民民、官民人材流動化の強化徹底した就労支援と解雇規制の緩和を含む労働市場の流動化」といった項目が掲げられている。
この「維新八策」の理念を政策面から再整理し、国民に明確にするために作成したのが、「骨太二〇一三─二〇一六」である。小泉政権と同じ「骨太」という表現がすべてを物語っているのではないか。ここでは、政策実例として「混合診療の解禁」や「保育バウチャー制度の導入」なども盛り込まれている。さらに、当初日本維新の会は政権公約として「最低賃金制の廃止」を謳っていた。結局、「市場メカニズムを重視した最低賃金制度への改革」に改められたというが、社会の根幹に関わる規制にまで踏み込もうとしている。
さらに、彼らは「政府と日銀の役割分担・責任の所在を再構築=日銀法の改正」を掲げている。アメリカのFRBは国営ではなく、実質的に国際金融資本家によって所有されているが、橋下氏らの狙いが国際金融資本と結託して日銀を私物化することでないことを願うばかりだ。
竹中平蔵氏の動きに注意せよ!
── 竹中平蔵氏も再び表に出てきている。
竹中氏は日本維新の会の公募選定委員長に就いただけではなく、政策策定でも影響力を行使していることが指摘されているが、フリージャーナリストの田中龍作氏は、石原慎太郎氏の次のような発言を報じていた(二〇一二年十二月一日)。http://www.janjanblog.com/archives/86162
石原:「俺、竹中って好きじゃないんだ。あれ(竹中)が、こういうの(選挙公約を)全部書いてあるのが分かる。これ(竹中は)ね、口説の徒でしかない」。
田中:日本をズタズタにした小泉改革と同じじゃないですか。
石原:「だからね、あんまり竹中を信じるなって。『そりゃ止めろ』って言ったの。彼らにとって神様みたいになってる。コンサルタントの堺屋太一なんか首かしげてる。発言力を認められないのかなあ。これ(竹中)に対しては批判的ですよ」。
橋下氏が大阪府知事選に出馬する直前、堺屋氏や人材派遣会社パソナの南部靖之氏らが、橋下氏を支援する勝手連を旗揚げし、橋下氏はこのような人たちを介して竹中氏と関わるようになったと報じられている。さらに、橋下氏が大阪府知事に当選した翌年の二〇〇九年、橋下氏は世界経済フォーラム(WEF、通称ダボス会議)から「ヤング・グルーバル・リーダーズ」に選ばれている。竹中氏はWEFの唯一日本人の理事であり、WEFを活用して橋下氏に政権の振り付けをしていくだろうという見方もある。一方、橋下氏は二〇一二年一月末に上京し、オリックスの宮内氏ら政財界の要人と相次いで会談したともいう。
── 新政権が新自由主義路線に向かうのをどう阻止したらいいのか。
対米追従路線に歯止めをかけ、独自の経済政策を確立することにつきる。日本未来の党は、「日本は、自立と共生の理念の下で、自ら主張し信頼を築く外交を展開しなければならず、独立国家としての責任に基づいた日米関係を構築しなければなりません」と、自民党や日本維新の会の対米追従路線とは一線を画している。 また、TPP交渉入りについても、党として明確に反対の立場を示している。TPPを断固拒否し、新自由主義に抵抗する政治勢力が結集する必要がある。
わが国の伝統的価値観に回帰せよ
新自由主義との戦いとは、経済政策の戦いであるだけではなく、思想の戦いでもある。
新自由主義の思想は、企業の自由が保障されるときに、人間の能力が最大限発揮され、生産要素が最も効率化するという、根拠のない、非科学的な信仰なのだ。あらゆる公共分野を私有化して、全てのものを市場を通じて取り引きするという制度を作ることが理想とされた。
新自由主義では、社会的な共通資本の存在が全面的に否定される。宇沢弘文教授の定義によると、社会的共通資本には、自然環境(大気、森林、河川、水、土壌など)、社会的インフラストラクチャー(道路、交通機関、上下水道、電力、ガスなど)、制度資本(教育、医療、司法、金融制度など)の三つがあるが、これらの領域全てに市場原理が導入されてしまうことになる。
安全性が優先される社会的インフラにおいても、効率が優先されるようになってしまう。
── 中央自動車道・笹子トンネルの天井板崩落事故の背景にも、道路公団の民営化による経営効率優先があるのではないか。
道路公団は小泉政権時代の二〇〇五年十月に廃止され、NEXCO各社に分割民営化がなされた。民営化の理想論を骨抜きにした立役者が猪瀬直樹氏だったのではないか。NEXCOになってから、安全性よりも経営効率優先の考えが強まり、保全点検が手薄になったのではないか。
新自由主義は、個人のアトム化を推し進める。本来、国家と個人の間には、自治会、同窓会、青年団、婦人会、労働組合といった中間団体が存在する。新自由主義の浸透とともに、これらの中間団体が次々と弱体化し、資本の原理に抵抗するものがなくなっていった。個人情報保護のような法律も、この流れに拍車をかけた。同窓会や郷友会の名簿作りが批判の対象となり、人間の絆が分断された。つまり、中間団体の消滅、弱体化によって、支配する者と支配されるものとの直接的関係が強まっていくのだ。新自由主義を推し進めようとしている支配勢力は、支配される側を隷属化させるのだ。
── 今こそ、新自由主義に対して思想的に抵抗することが必要だ。
日本の伝統的価値観と新自由主義は相容れないことを認識すべきだ。日本人の伝統的経済観は、決して「カネが全て」というようなものではなく、その根底にはコメ作りなど生産の思想、産霊(むすび)の思想がある。同時に、日本社会の伝統である共同体論理、相互扶助、和や結(ゆ)いの精神といった価値観こそが、日本の強みのはずだ。こうした伝統的価値観を強化していく政策を打ち出す必要がある。
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コメント
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山口の馬鹿殿様は竹中平蔵をブレーンにしていますから新自由主義とは決別なんかしませんよ。
投稿: 燃える闘魂 | 2013年4月10日 12時04分