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2012年2月12日 - 2012年2月18日

Criminal Postal Privatization

郵政民営化がバラ色の未来をもたらすとの政治宣伝が行われたが、完全に失敗したばかりか、破滅への道を歩んでいる。平成の払い下げ事件で公財産の私物化であり、世界最大の金融資産である郵便貯金と簡易保険を外国の投機経済に投入する虚飾であった。

愚者の黄金の時代が破綻して、政権交代の狭間で郵政株式の売却が凍結され、外国持ち出しが禁じられたのは、僥倖である。持ち出されていれば、空前の国家的損失となったに違いない。民営化直前に信託銀行へ運用委託された資産の目減りは公表されていない。かんぽの宿の売却が大騒ぎになったが、氷山の一角で、郵政民営化の全体の闇の追求は、郵便不正事件もあって、検察は沙汰やみにした。総務省の調査委員会も尻すぼみに終わり、民営化見直しが、民主党と国民新党の間で合意されても、再三に亘って反故にされ、野党も党内に新自由主義残党がいて、国会で審議しない異常事態が発生した。

日本郵政の経営は急激に悪化して、日本通運との合弁が失敗して郵便部門は巨額の赤字を計上している。民間の不採算を郵便につけ回しをした疑惑が指摘されている。しかも民営化準備を推進した官僚が経営に就く奇矯があり、新自由主義の簒奪の虚妄が現実となる中で、烏天狗のような残党が郵政民営各社の幹部の地位にしがみつく無責任の醜態も継続している。最近、大地震の復興資金をつくる為に株式を売却すると甘言が振りまかれているが、騙されてはならない。経営を悪化させ株価を下げて、手下を経営陣に送り込み会社を乗っ取る手口は、市場至上主義者の常套の手口である。郵政民営化の見直しが骨抜きになるのであれば、郵政改革法案の成立はなくても良い。株式売却の凍結を維持して、構造改悪の買弁勢力の手先を経営陣から追放することが優先すべきである。

マスコミは、構造改革の破壊工作のお先棒を担いだせいか、郵政民営化の惨状を報道しようとしないが、ノンフィクションにぎりぎり近い経済小説の形をとって、高杉良氏が、「虚像〜政権中枢で規制緩和の旗を振った政商」という上下巻を新潮社から出版して、郵政民営化のグロテスクな実態を明らかにした。ワールドファイナンス社長の加藤愛一郎、日本郵政社長の北山良二などと名前を変えてあるが、経済界の実名を想像するように書いている。日本郵政社長は、五井戸住之江銀行から就任して、「般若顔」で「竹井に骨を拾われる形で日本郵政の初代社長に内定していた。北山の権力に対する執着心も尋常ならざるものがあった」、「竹井プラン発表時には、五井住之江銀行頭取として竹井と真っ向から対立した北山だが、そこはしたたかで分が悪いと判断するや米国投資銀行のウォールマックスを仲介訳にして竹井に近づき、今では昵懇の間柄だ」「懐刀として五銀行から連れて来た専務執行役の早河洋は「目付きの鋭いヤクザっぽい風貌、北山の威光を笠に着て、日本郵政のナンバー2として肩で風を切って闊歩していた」、「秘書室長の前山弘、経営戦略室長の千田定彦、営業企画部次長の深田正夫を加えた四人は、「経営の中枢を占め、チーム北川と呼ばれている」」と書く。「小声になると舌足らず気味のべちゃべちゃした口調が癇に障る」のが竹井平之助で、竹井は郵政民営化を進めた大泉純太郎内閣の金融担当大臣で、加藤と竹井、北山と「三人寄り文殊の知恵」を出した仲で、「簡保の宿の譲渡スキームを練り上げてきた」と書いている。加藤は、大泉内閣の政権中枢に食い込み、規制改革推進委員会で規制緩和の旗振り役をした「ノンバンクの帝王」で「儲け仕事しか興味を持たない」、通産省の課長だった森川勝造が立ち上げた「森川ファンド」やそこに出資した日銀総裁の畑中剛、人材派遣会社のエール社長の谷玲子、「主婦層に根強い人気のある」横浜市長でみなとみらいの開発で協力した今西浩二、プロ野球参入表明や放送局買収で時代の寵児となったマルエモンこと丸尾健太ビデオクラブ社長、について書き、金郵庁顧問の村木烈とまとめた竹井金融再生プランは、「経済を再生するどころか、不良債権を無理矢理捻り出す仕掛け」であった、「銀行の不良債権処理による功績にすり替えた、稀代の詐欺師」と糾弾する文章には圧倒される。

「竹井は、つい四か月前の郵政選挙に、立候補したマルエモンの応援演説を買って出るなど、支援姿勢を鮮明にした。もっとも同じ選挙区が郵政民営化に真っ向から反旗を翻した亀山静六の地盤で有り、竹井の丸尾支援は当てつけと言うことなのだが、(中略)決して言い訳ができる立場ではない」、「市場原理主義者の竹井が次のターゲットに定めるのは、合わせて三〇〇兆円を超える郵貯・簡保マネー」で、「この三〇〇兆円を欧米に差し出すとさえ憶測されても仕方がない郵政民営化法」等と、高杉良氏は、郵政民営化のグロテスクな実態を記述する。

第一章は、深夜のノックと題して、「朝のテレビニュースのキャスターとして鳴らした長崎茜」という「今は神奈川県の私大で教授をしている」女性が、奄美大島の田中一村記念館で、孤高の画家の作品を説明するが、「シャワーの調子が悪くて。スィートルームのシャワーを使わせてください」と色仕掛けの世界をオチにする。

TPP同様、郵政民営化は日本を属国化させる汚濁にまみれた虚像でしかない。大地震があり、老朽・外国製原発の暴走があって、戦後政治は、ようやく分水嶺を越えた。日本郵政を、郵便局を、郵政3事業を、自立・自尊の清廉潔白な正道に戻せ。日本再興と安定の財源ともなる。

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Kuroshio Culture and Tradition

65回の黒潮文明論と称する雑文を書いてきた。いよいよ漆と夜光貝が出会う場面になった。東北の平泉の中尊寺金色堂では、螺鈿の総数は2万7084個にも及ぶという。その螺鈿の材料は、殆どが立派なものであるほど,夜光貝であることは言うまでもない。夜光貝は、南の黒潮の産物である。大陸との交易はずっと後で,その後の話である。

第1回目から、65回まで、リストにして掲載する。ご覧ください。

http://tokyonotes.cocolog-nifty.com/blog/2009/03/kuroshio-1.html

http://tokyonotes.cocolog-nifty.com/blog/2009/03/kuroshio-2.html

http://tokyonotes.cocolog-nifty.com/blog/2009/03/kuroshio-3.html

http://tokyonotes.cocolog-nifty.com/blog/2009/04/kuroshio-4.html

http://tokyonotes.cocolog-nifty.com/blog/2009/04/kuroshio-5.html

http://tokyonotes.cocolog-nifty.com/blog/2009/05/kuroshio-6.html

http://tokyonotes.cocolog-nifty.com/blog/2009/05/kuroshio-7.html

⑧ http://tokyonotes.cocolog-nifty.com/blog/2009/06/kuroshio-8.html

⑨ http://tokyonotes.cocolog-nifty.com/blog/2009/06/kuroshio-9.html

⑩ http://tokyonotes.cocolog-nifty.com/blog/2009/07/kuroshio-10.html

⑪ http://tokyonotes.cocolog-nifty.com/blog/2009/07/kuroshio-11.html

⑫ http://tokyonotes.cocolog-nifty.com/blog/2009/08/kuroshio-12.html

⑬ http://tokyonotes.cocolog-nifty.com/blog/2009/09/kuroshio-13.html

http://tokyonotes.cocolog-nifty.com/blog/2009/09/kuroshio-14.html

http://tokyonotes.cocolog-nifty.com/blog/2009/10/kuroshio-15.html

⑯ http://tokyonotes.cocolog-nifty.com/blog/2009/10/kuroshio-16.html

⑰ http://tokyonotes.cocolog-nifty.com/blog/2009/11/kuroshio-17.html

⑱ http://tokyonotes.cocolog-nifty.com/blog/2009/11/kuroshio-18.html

⑲ http://tokyonotes.cocolog-nifty.com/blog/2009/12/kuroshio-19.html

⑳ http://tokyonotes.cocolog-nifty.com/blog/2009/12/kuroshio-20.html

㉑ http://tokyonotes.cocolog-nifty.com/blog/2010/01/kuroshio-21.html

㉒ http://tokyonotes.cocolog-nifty.com/blog/2010/02/kuroshio-22.html

㉓ http://tokyonotes.cocolog-nifty.com/blog/2010/02/kuroshio-23.html

㉔ http://tokyonotes.cocolog-nifty.com/blog/2010/03/kuroshio-24.html

㉕ http://tokyonotes.cocolog-nifty.com/blog/2010/03/kuroshio-25.html

㉖ http://tokyonotes.cocolog-nifty.com/blog/2010/05/kuroshio-26.html

㉗ http://tokyonotes.cocolog-nifty.com/blog/2010/05/kuroshio-27.html 

㉘ http://tokyonotes.cocolog-nifty.com/blog/2010/06/kuroshio-28.html

㉙ http://tokyonotes.cocolog-nifty.com/blog/2010/06/kuroshio-29.html

㉚ http://tokyonotes.cocolog-nifty.com/blog/2010/07/kuroshio-30.html

㉛ http://tokyonotes.cocolog-nifty.com/blog/2010/07/kuroshio-31.html

㉜ http://tokyonotes.cocolog-nifty.com/blog/2010/08/kuroshio-32.html

㉝ http://tokyonotes.cocolog-nifty.com/blog/2010/09/kuroshio-33.html

㉞ http://tokyonotes.cocolog-nifty.com/blog/2010/09/kuroshio-34.html

㉟ http://tokyonotes.cocolog-nifty.com/blog/2010/10/kuroshio-35.html

㊱ http://tokyonotes.cocolog-nifty.com/blog/2010/10/kuroshio-36.html

㊲ http://tokyonotes.cocolog-nifty.com/blog/2010/11/kuroshio-37.html

㊳ http://tokyonotes.cocolog-nifty.com/blog/2010/11/kuroshio-38.html

㊴ http://tokyonotes.cocolog-nifty.com/blog/2010/12/kuroshio-39.html

㊵ http://tokyonotes.cocolog-nifty.com/blog/2010/12/kuroshio-40.html

㊶ http://tokyonotes.cocolog-nifty.com/blog/2011/01/kuroshio-41.html

㊷ http://tokyonotes.cocolog-nifty.com/blog/2011/02/kuroshio-42.html

㊸ http://tokyonotes.cocolog-nifty.com/blog/2011/02/kuroshio-43.html

㊹ http://tokyonotes.cocolog-nifty.com/blog/2011/03/kuroshio-44.html

㊺ http://tokyonotes.cocolog-nifty.com/blog/2011/03/kuroshio-45.html

㊻ http://tokyonotes.cocolog-nifty.com/blog/2011/04/kuroshio-46.html

㊼ http://tokyonotes.cocolog-nifty.com/blog/2011/04/kuroshio-47.html

㊽ http://tokyonotes.cocolog-nifty.com/blog/2011/05/kuroshio-48.html

㊾ http://tokyonotes.cocolog-nifty.com/blog/2011/05/kuroshio-49.html

㊿ http://tokyonotes.cocolog-nifty.com/blog/2011/06/kuroshio-50.html

51 http://tokyonotes.cocolog-nifty.com/blog/2011/06/kuroshio-51.html

52 http://tokyonotes.cocolog-nifty.com/blog/2011/07/kuroshio-52.html

53 http://tokyonotes.cocolog-nifty.com/blog/2011/07/kuroshio-53.html

54 http://tokyonotes.cocolog-nifty.com/blog/2011/08/kuroshio-54.html

55 http://tokyonotes.cocolog-nifty.com/blog/2011/09/kuroshio-55.html

56 http://tokyonotes.cocolog-nifty.com/blog/2011/09/kuroshio-56.html

57 http://tokyonotes.cocolog-nifty.com/blog/2011/10/kuroshio-57.html

58 http://tokyonotes.cocolog-nifty.com/blog/2011/10/kuroshio-58.html

59 http://tokyonotes.cocolog-nifty.com/blog/2011/11/kuroshio-59.html

60 http://tokyonotes.cocolog-nifty.com/blog/2011/11/kuroshio-60.html

61 http://tokyonotes.cocolog-nifty.com/blog/2011/12/kuroshio-61.html

62 http://tokyonotes.cocolog-nifty.com/blog/2011/12/kuroshio-62.html

63 http://tokyonotes.cocolog-nifty.com/blog/2012/01/kuroshio-63.html

64 http://tokyonotes.cocolog-nifty.com/blog/2012/02/kuroshio-64.html

65 http://tokyonotes.cocolog-nifty.com/blog/2012/02/kuroshio-65.html

○の中に、数字を書くやり方がまだ判らないので、51番目からは、○なしになっている。読者でご存じの方がおられれば,ご教示方お願いしたい

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Kuroshio 65

夜光貝と漆の出会い

サザエを大きくしたような貝が夜光貝だ。大型の巻貝であり、重さは二キロ
を越える。軒下で雨だれを受ける石の代わりに使っていれば、その美しさは分
からない。潜って追い込み漁をする傍らに夜光貝を採って帰り、家の軒先の周りに置いても、殻の色がくすんで石灰質がたまってしまえば、夜光貝が螺鈿の材料になるなどとは想像もつかない。食すると、小ぶりのサザエの方がうま味があるし、肉は焼けば硬くなるばかりだから、薄切りの歯ごたえのよい刺身にするか、時間をかけて煮てだし汁をとるかである。肉を塩漬けにして上納品にしたこともある。貝殻の真珠質に光沢が有り、特に薄緑色が珊瑚礁のエメラルドグリーンの薄澄の部分をとってきたように美しい縞になって輝く夜光貝の魅力は外側からは分からない。外殻にフジツボがついていたりすれば、そぎ落として研磨して、光を反射してようやく真珠質が表れる。アワビの真珠質も光沢があるが、層が薄くて比べものにならない。夜光貝の真珠層は厚みがあり、加工すれば、一枚板を執ることもできるし、貝の巻く形を生かして杓子を作ることもできる。汁を掬う道具を汁(しる)貝(がい)とも言うし、米の飯を掬うシャモジのことを飯貝(みしげ)とも呼ぶから、もともと貝が液体等を掬う道具に使われていたことは間違いないが、夜光貝の場合には、光輝く妖しい美しさがあるから、祭祀の道具になるような要素を備えている。

夜光貝は、螺鈿の材料として珍重されてきた黒潮文明の産物である。日本の
本州の列島には生息しない。宝貝と同様に、黒潮で仕切られた奄美の島々の以南の海域に生息する。奄美大島北部で、平成の御代になってから夜光貝が大量に出土する遺跡が発見されるようになってから、漆と夜光貝とが出会った螺鈿の世界の背景が具体的に想像できるようになった。奄美大島の北部の大きな港町が名瀬であるが、隣の喜界島の側には、小湊という港がある。冬場に名瀬の港が荒波になっても、島の南側の小湊は風よけになり、夏の場合には逆で、南側の小湊にうねりが押し寄せても、北側の名瀬の港は静かである。その小湊から、大量の夜光貝の破片が製作途上の貝匙を含めて大量に出土した。つまり、平安時代の史料に記録される夜光貝は螺鈿の材料となることは知られていたが、その供給地が突き止められていたわけではなかったから、奄美大島北部での大量出土によって、夜光貝の供給地であることが判明した。夜光貝は珊瑚礁の地形の外洋側の斜面の岩場に好んで生息している。洲(ひし)と呼ぶ珊瑚礁の外縁の外側の壁に張りつく貝である。奄美大島北部の夜光貝の出土する遺跡は、珊瑚礁が発達した海岸沿いに或る海岸砂丘の上にあることが立地条件として共通する。夜光貝の名前は、奄美や沖縄では、ヤクガイ(夜久貝、夜句貝、益救貝、屋久貝)と呼ばれていたことから来る名称で、今の種子島や屋久島以南の島嶼の総称から来る名前である。日本書記では、掖玖(やく)という地名が奄美や沖縄、宮古、八重山を含む琉球弧の総称となっているから、ヤクガイとは、そのヤクの産物であることを意味する。夜の光は、単なる当て字である。夜光る貝ではない。奄美大島では完成品の出土は少なく、貝匙などの完成品は別の土地で製作されたとの推測があり、朝鮮半島の東岸の古墳などからも夜光貝が出土していることが確認されている。朝鮮の螺鈿細工は今に残るが、原料は南の島から供給されたことは否定できない。枕草子にも、ヤクガイが酒杯に使われたとの記載があり、小右記では、大隅の藤原氏が畿内の藤原氏のもとへ夜久貝を贈答品として届けている。

平成四から五年に行われた正倉院の宝物の螺鈿の材質調査では、螺鈿の材料は、殆どが奈良時代に製作されたもので、夜光貝であることが判明している。螺鈿以外でも、夜光貝を材料とする製品が多数存在する。四絃琵琶が五面伝えられているうちの一面は国産の螺鈿で作られている。全てが舶来品でないことは重要である。漆がこれまで長い間舶来の品と考えられていたが、東北地方の縄文時代の遺跡から漆の篭などが出土するに至って、日本の原産である可能性が高まったように、螺鈿の細工も実は、黒潮文明の島々を原産地とする夜光貝と漆とが出会って発生して工芸に発展したことが想像される。平等院、中尊寺金色堂、当麻寺の螺鈿細工は、大型の貝片と小さな貝片とが大量に組み合わせてふんだんに使われている。金色堂では、螺鈿の総数は二七〇八四個にも及ぶ。黒潮文明の中で生産されたゴホウラ貝やイモガイでできた腕輪などが、弥生時代から古墳時代にかけての遺跡で発掘され、貝の腕輪は北海道の縄文遺跡からも発掘されているが、時代は下がるが、夜光貝が漆と出会って工芸として発展したのだ。螺鈿技術の発達は十二世紀に最盛期を迎えているが、鉄器の普及と関連する夜光貝の交易やその他の貝殻の交易は、黒潮を辿る日本の列島との交易が主力である。大陸との交易は十五世紀に成立した琉球王国が貝殻の大輸出国となったずっと後のことである。(本稿は、高梨修、ヤコウガイの考古学、同成社、二〇〇五年刊を参照した。)(つづく)

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Territorial Claim

日露の領土の交渉。

興味深い記事だ。http://news.nicovideo.jp/watch/nw197338

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The Last Corrupt Banker

西川元日本郵政社長、元住友銀行頭取の回想録が出版されて、その内容についての批判する記事を当方ブログは掲載した。マスコミの書評などは、市場原理主義の拝金の経営者に追従するような記事が出ているので、驚かされていたが、正義と公平と感動を掲げる会員制の雑誌のテーミス2月号に、「弁解と自慢話が目立つ」と批判する、「西川元日本郵政社長&高橋元住友信託会長「回顧録」の生臭さーー国会での追及などは隠して弁解と自慢話」という批判記事がようやく掲載された。

見出しで「,盟友の竹中平蔵をかばったり」として、「前半は,住友銀行で不良債権処理に成功し,頭取に上りつめるまで。後半は日本郵政の社長として挫折するまでの裏話だ」として、「ただし、本に書いてあることは面にできる裏話。本当の裏話はヤミの社会との繋がりだろう。何しろ、許永中と言う日本のヤミ社会に絡む話だ。きれいごとで済むはずがない。」と書いている。

三井住友銀行の初代社長として、ゴールドマンサックスからの資本注入で乗り切る経緯については、「都内で四人であって、竹中氏の原質を採った」としながら「、完全に信頼出来たのはあの時点でGSを於いて他になかった」と開き直り、「竹中大臣がお墨付きを与えるなどあるわけがない」と盟友をかばう内容となっていると書いている。「日本郵政社長となる後半部分も言い訳がましい」「簡保の宿のオリックス不動産への売却問題など,自分が犯した売国的な行為については全く自覚がないようだ。」メルパルク問題については、「1500人の従業員を路頭に迷わせようとした」と指摘している。

「高杉良の虚像の方が」実像に、いや「事実に近い」と述べている。

赤字のペリカン便を救済して,郵便事業に損失を与えたのは、「取り返しのつかない傷跡」と、書いている。「東京中央郵便局の建て替えも強行」「近く完成するが、テナントは埋まっていない」と描写している。

「こんなバンカーは最後にして欲しい。「ラスト・バンカーとはいいタイトルだ」と皮肉っている。

それに続けて、長銀合併から逃げた高橋天皇と,見出しを付けて、住友グループの雄で或る,住友信託銀行前会長の朝日新聞に連載を開始した「証言その時」と題する回顧録についても,批判している。

長銀を救済しなかったことを政府の責任にしているが,リスクを取る気概がなかったのは高橋氏自身ではなかったのか。と指摘して、

最後に、「西川氏も高橋氏も、出版社や新聞社にすすめられたにせよ,なぜ回顧録を書くのだろうか。(中略)経営者の往生際の悪さだけが目立って後味が悪いのだ」と結んでいる記事である。

当方ブログは、郵政民営化の闇の部分については、司法当局による捜査が行われてしかるべきだと従前から主張してきている。「僅か三ヶ月の通告で郵貯振興会の契約は解除され、新賃貸契約が、結婚式場を経営するワタベ・ウェディングと不透明な随意契約を締結した。ワタベの株価はその直後からピークまで50%以上高騰した」とも書いている。

ご参考まで。

最後にもう数年前のきじであるが、興味ぶかいリンクがあった。これまたご参考まで。

http://www.zakzak.co.jp/top/200906/t2009061741_all.html

これも面白い相関図である。これもなおさらにご参考まで。郵政民営化の闇夜を飛び交う烏天狗のリストのようでもある。

http://spysee.jp/%E7%A6%8F%E5%B3%B6%E7%B4%94%E5%A4%AB/1267761/

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National Foundation

皇紀二千六百七十二年 (平成二十四年)   建国記念の日 明治神宮会館において、奉祝記念行事 第二部『古事記』撰上1300年記念として、奉祝神楽が上演された。

高千穂の夜神楽である。

1.「杉登り:すぎのぼり」
http://youtu.be/QDjBYrrWjgE
2.「手力雄:たぢからお」
http://youtu.be/BWcNWeq6sgg
3.「鈿女:うずめ」
http://youtu.be/jUcP1VhhECs
4.「戸取:ととり」
http://youtu.be/qz14s_HIwVo
5. 「御神躰:ごしんたい」
http://youtu.be/MKEcszeLkjI

YouTubeに夜神楽の貴重な画像を掲載された、Mahorobajapanさんに感謝する。

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The Truth about "Confort Women"

Mr Moteki circulated a newsletter but misunderstandings happened practically. And he added a explanatory addition to clarify the true situation of the "Confort Women" .

His additional information is attached as follows.

「先日No.39を発信したあといただきました反応の中で、慰安婦は朝鮮人だけだったと誤解している方がかなりいらっしゃることが分かりました。慰安所は当時国内(日本・朝鮮)にあった売春宿が戦地に出張して営業したもので、従ってそこで働いていた慰安婦は日本人も朝鮮人もいたわけです。しかし、そのことはやはり確認の意味でも触れておかないといけないという事に気がつきました。

 秦郁彦教授は、『慰安婦と戦場の性』の中で、慰安婦の割合はおおよそ日本人40%、朝鮮人20%、其の他(現地の応募者等)30%であったと推定しています。

 そもそも稼ぎとしてはかなり良い職場だったから慰安婦として出かけたのです。その補償のための基金とはいったい何事でしょうか。戦時中色々な職業の人が戦地で働き、つらい目にあった人もたくさんいたことでしょう。慰安婦に限って特に補償の基金を作るなどということは全くおかしなことです。しかもよりによって韓国人の慰安婦の為にこれをつくるとは!

 要するに未だに朝鮮人慰安婦の強制連行があった、などというウソを漠然と前提にしているからであるということです。こんなことをおこなうから、慰安婦=女性挺身隊などという真っ赤なウソを韓国は未だに主張し、銅像を建て、更にはアメリカの新聞に意見広告を出すなどという愚行を続けることになるわけです。ウソはウソと明確に主張し、その証拠を世界に主張すべきです。
下記の通り、No.39の追加情報を海外に発信しました。

 なお、「慰安婦の素顔」の日本語版は、
   http://hassin.org/01/wp-content/uploads/COMFORT-WOMEN.pdf

でご覧になれます。               発信する会 茂木
 

     The Truth about the "Comfort Women"

After mailing out Newsletter No.39, I realized that one important point was missing in my Essay and this is that the comfort women were mostly Japanese. Since I explained that the "Comfort Women" houses were run by operators of prostitution,
I thought that it would have been taken for granted that the comfort women were mostly Japanese. But I recognize that there are many people who still think that the comfort women are all Korean. So, I'll add some information concerning this point.

Professor Hata Ikuhiko concludes in his book "Senjyo no ianhu" (“Comfort Women of the Battle Zone”) that roughly 40% were Japanese, 20% were Korean and 30% were of other ethnicities recruited mainly from the local area. It is very reasonable calculation since brothels were not an extraordinary things but commonplace? these just happened to operate in battle zones outside of Japan.

For your information, you can find the following information at our website?facts concerning the "Comfort Women":

* "Behind the Comfort Women Controversy"  http://www.sdh-fact.com/CL02_1/39_S4.pdf
*The Truth about the Question of Comfort Women
     http://www.sdh-fact.com/CL02_1/24_S4.pdf
*No Organized or Forced Recruitment: Misconceptions About Comfort Women and the
Japanese Military    http://www.sdh-fact.com/CL02_1/31_S4.pdf
*The Real Identity of Military Comfort Women
     http://www.sdh-fact.com/CL02_1/30_S4.pdf
*Paid Advertisement Concerning "Comfort Women" Run in the Washington Post:
"Facts are Our Only Weapon"   http://www.sdh-fact.com/CL02_1/33_S4.pdf
*The Comfort Women Controversy and Actual Misdeeds of the United States Army
     http://www.sdh-fact.com/CL02_1/48_S4.pdf

Questions are welcome.

Sincerely,

MOTEKI Hiromichi, Secretary General
for KASE Hideaki, Chairman
Society for the Dissemination of Historical Fact
URL http://www.sdh-fact.com

Note: Japanese names are rendered surname first in accordance with Japanese custom.」

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Why Boycott Kao?

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North Korea and Japan

藤原源太郎氏が、「日本人拉致問題に関する一考察/飯山一郎氏近著評」と言う論文を、世界戦略情報誌のみち第353号に掲載していたが、そのホームページ(http://michi01.com/index.html)にも電子版として掲載されたので、当方ブログは、著者の諒解をえて、ホームページの関連部分をそのまま転載して、当方ブログの読者の皆様の参考に供することにした。

日本人拉致問題に関する一考察/飯山一郎氏近著評 
    (世界戦略情報「みち」皇紀2672(平成24)年2月1日第353号)

『横田めぐみさんと金正恩』と題する本が出版された。著者は飯山一郎氏、版元は三五館。
 この本の骨子は、北朝鮮の三代目金王朝の後継者である金正恩の母親は、横田めぐみさんだと証明し、断定することにある。

 筆者は著者の飯山氏とは直接の面識はないが、電話で意見や情報を交換する間柄にある。昨年暮れ、飯山氏から電話があり、彼がこれまでブログに書き綴ってきた正恩の母親はめぐみさんだとする一連の見解をまとめた本が、緊急出版されることになったと知らされた。
 筆者は、めぐみさんが正恩の母親だとの認識では飯山氏と完全に一致しているため、出版そのものは歓迎だと飯山氏に伝えた。だが、なにゆえこの時期に緊急出版されるのか、その背景を慎重に見極めるべきだと、飯山氏と意見を交換した。彼との会話で、飯山氏の意向とは関係なく出版を急ぐ背景があって、それなりの力を行使できる勢力の強い思惑が秘められているのではとの認識で一致した。
 この本は、著者の了解を得た二週間後に出版された。また、大型書店に平積みされ、大々的に宣伝されている。この事実ひとつだけでも、今回の出版が異例中の異例であることを物語っている。問題は、何故、版元がこんなにも焦ったのか? また、弱小出版社にもかかわらず宣伝広告に莫大な費用を投じたのか、である。その結果、発売四日で初版一万部が完売し、直ちに増刷されている。以下は、今回の異例さに関する筆者の見解である。

 筆者は、今回の異例な緊急出版の背景には、三代目金王朝体制を支える側近集団を中心とする、日朝関係の正常化を急がせたいとする様々な勢力の強い思惑があると確信している。
 二〇〇二年の小泉訪朝で北朝鮮側が拉致問題を正式に認めたことで、国内世論が一気に硬直して強硬制裁論に急傾斜し、現在まで続いている。わが国政府は、拉致問題を日朝国交正常化の入り口に据えて、制裁発動を継続し続けている。
 また、日朝国交正常化を歓迎しない米韓あるいは支那の思惑も錯綜して、日朝間の交渉窓口は閉ざされたも同然のままであった。だが、日本政府は、この入り口戦略を継続している限り、日朝関係は永遠に正常化出来ない内実を熟知している。
 今回の緊急出版の背景には、これまでの入り口論の限界を払拭し、出口論に切り替えたいとする勢力の意向が強く反映している。いわゆる拉致問題の背景には、公にされたくない闇が色濃く潜んでいる。また、拉致事件の関係当事者筋は、その内実を隠蔽したまま、曖昧に解決済みとする必要性を最優先事項に定めている。
 めぐみさんが正恩の母親ではとの認識が日本国内に浸透し、仮に、金王朝側からその事実を裏付けるような宣伝工作が発動されれば、国内世論が激変し、拉致問題が霞む可能性も否定できない。
 小泉訪朝で金正日が日本人拉致を正式に認め形式的に謝罪するまで、わが国政府は、拉致問題を無視するかのように自ら解決する姿勢、政治課題に取り組むことには消極的であった。さらに、左翼勢力による韓国謀略説が論じられるなど、拉致問題は実質的には封印され続けてきた。
めぐみさんの母親、早紀江さんは娘の拉致問題解決をさまざまな関係筋に訴えたが実質的に無視され、最後は、当時健在だった大日本愛国党の赤尾敏総裁にまですがった。だが、なすすべがないことを突き付けられノイローゼになって、キリスト教に入信して立ち直ることができたと述懐しているが、これほど国民は無関心だったのだ。
筆者は、なにゆえに日本政府、殊に警察関係者が拉致問題に冷淡だったのかに関して、わが国政府には、北朝鮮による日本人拉致を看過せざるを得なかった、やむにやまれぬ事情があったからだと確信している。以下は、その一端を裏付ける貴重な証言である。

 昭和四五年一一月二五日、作家の三島由紀夫氏は、四人の盾の会会員とともに市ヶ谷の陸上自衛隊東部方面総監部で「政体を守るのは警察だが、国体を守るのは軍隊だ」との檄を飛ばし、自衛隊員に軍人として覚醒し共に決起しようと呼びかけて、壮絶な自決を成し遂げた。
筆者は三島氏と直に会話を交わして幾多の感銘を得た経験もあり、ともに自決した森田必勝とも付き合いがあった関係上、ふたりの自決決起に脳天を突き破られるかの衝撃を受け、呪縛されたかのような影響を受け、今なお、その桎梏の克服を余儀なくされる人生を送り続けている。
 筆者は、三島氏が檄文で「政体を守るのは警察だ」と決めつけた文言に直感的な違和感を感じた。そして、ある衝撃的な証言を得ることによって、その違和感を解明することができた。
 三島氏は決起の一年前、自衛隊の調査隊員と懇親会を催した。その際、調査隊員から衝撃的な訴えを受けた。その訴えは、北朝鮮の暗号を傍受し解析した結果、能登半島で日本人が拉致される危険性が高いと判断し、彼らが事件現場を遠くから監視した顛末の驚くべき真相であった。
 彼らは、石川県警の関係者が現場周辺に多数出動していたので、当然、現行犯逮捕するだろうと期待していた。しかし、彼らの行動を観察していると、現行犯逮捕が目的ではなく、拉致現場を目撃しかねない人間が現場近くに寄りつかないような周辺気遣いのみに徹し、最後は拉致を積極的に看過してしまったとしたものである。そして、その事実を裏付けるかのような写真を手に、こんな理不尽が許されていいのかと、涙ながらに三島氏に訴えた。
三島氏は彼らの訴えには直に答えず、「保利さんに相談してみる」と答えただけである。保利さんとは、当時の保利茂官房長官である。保利官房長官との相談結果に関しての情報は不明である。筆者にこの貴重な情報を提供してくれたのは、その場に同席を許された二人の盾の会会員のうちのひとりである。
 三島氏は、現在のわが国の警察の主たる役割は戦後政体(ポツダムジャパン)を守ることにあるとして警察を批判するのではなく、自衛隊にその政体の超克を強く訴えるため「軍隊の本義は国体を守ることにある」と檄を飛ばしたのであろう。現在、筆者は三島氏があの壮絶な決起を決断した背景に、その前年に知った日本人拉致事件が少なからぬ影響を及ぼしていたのではと確信するに至っている。 
では何故に、わが国の警察は、北朝鮮による拉致事件を看過せざるを得なかったのか?そのヒントは、金正日がそれまで頑なに否定していた日本人拉致を公式に認めたことにある。

 金正日が日本人拉致を認めたのは、二〇〇二年九月一七日である。当時の米国はブッシュ政権下で、同政権は前年の〇一年、「北朝鮮をテロ支援国家」と決めつけ、過去の水面下における米朝間で積み重ねてきた折衝の実績をすべて反故にするとの宣言を発した。
 それまでの米朝関係は前クリントン政権の末期にオルブライト国務長官が訪朝し、国交樹立を視野にいれるまでに進捗していた。しかし、「テロ支援国家」指定で、すべてが水の泡となった。金正日は、米国の変節への憤りを、日本人拉致事件の真相を暴露するぞと米国に突き付けることで、米国が同事件に関与していたことを示唆した。

 いわゆる拉致事件は、ベトナム戦争時に集中して起きている。米情報機関筋は、当時激化していたベトナム戦争の過程で、米国が完全に払拭したと確信していた旧日本軍国主義勢力と北朝鮮が見えざる糸で繋がっているのではないかとの疑惑を深めて、強く警戒し始めていた。
 その疑惑を晴らすため、米国情報機関筋は北朝鮮に軍国主義勢力と手を切れと様々な駆け引きを働きかけ、返す刀で、日本に踏み絵を踏ませるための試練として拉致問題を演出したのであろう。日本政府(警察)が拉致事件を看過せざるを得なかったのは、事件の背景に米国の関与があったからである。
 米朝間での駆け引き内容は不明である。だが、許容された範囲外の拉致被害者は、横田めぐみさんである。わが国の公安関係筋が、真の拉致事件は「めぐみさん拉致事件だけだ」と非公式に認定しているのも、この間の事情を承知してのことである。

北朝鮮は、朝鮮民主主義人民共和国という、朝鮮労働党の金日成主席が独裁統治する社会主義国家だとされていた。だが、その内実は建国以来、わが国の天皇制に似せた疑似天皇国体の金王朝を完成させることにある。
 二〇一〇年九月二八日、朝鮮労働党は代表者会議を数十年ぶりに開催し、党規約を改正した。その骨子は「主体思想」を中核にして「金日成朝鮮」(金氏朝鮮)へと国体を昇華させるとするものである。同時に、金正恩の三代目後継が正式に決まった。すなわち、三代目にして金王朝を完成させるとの意向を全面的に打ち出した。
めぐみさん拉致問題の真相は、金王朝の正統性を担保するため、本家日本の由緒ある高貴な血筋を受け継がせるため彼女に白羽の矢がたてられたことにある。今回、飯山氏のホームページが一冊の本に仕立てられ緊急出版されたのは、その本意を公にしたいとの意向が強く働いているからである。

かって、国家に人生を翻弄、蹂躙された少女がいた。旧大韓帝国の李垠皇太子に嫁がされた梨本宮方子妃である。彼女は、日本と朝鮮半島の架橋となるべく、一五歳の時に、本人の同意なく、いわば差し出された。
 めぐみさんも、方子妃と同じ運命を強要されたと達観しているだけでなく、日朝友好の架橋となるべき使命に覚醒している可能性を今回の本の出版は暗示している。さらに、緊急出版された背景には、日朝関係正常化の促進で新天地を切り開きたいとする、国際ユダヤ金融資本勢力による「新河豚計画」を推進しようという意向も秘められているに違いない。 平成二四年一月二七日識

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Sense of Mission and Summary of Links

月刊日本特別講演会 鈴木宗男氏 2012年2月6日 於:赤坂区民センター

その① 宿命に生まれ、運命に挑み、使命に燃える
http://youtu.be/fmmN26S7apQ

その② 一年間の収監で得た三つの悟り    
http://youtu.be/1mfKv8IJvWk

その③ 見事な刑務所の危機管理と郵便局の力

http://youtu.be/3zm-UEwVBaM

地震の発生時の翌日にも、刑務所に手紙がちゃんと届いたとの指摘である。

郵便をほめている。民営化をすすめた小泉を批判している。

その④ 新党「大地・真民主党」結成メンバー
http://youtu.be/zNpbmsSzCjI

その⑤ 因縁の辻元清美議員とのその後   
http://youtu.be/JZE30pw2mZw

その⑥ 四島の旗を降ろした事は一回も無い 
http://youtu.be/YNsHmmkGilg

その⑦ 北方領土外交の真髄とロシアのガス資源 
http://youtu.be/tipHzZUsPjI

その⑧ 質疑応答 ロシアは民主国か?野田政権はいつまで?
http://youtu.be/xDlIk-itGuU 

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Revival of Prosperous Japan

第96回日本経済復活の会が、2月23日に開催される。当方ブログの読者の皆様に、出席と聴講をおすすめしたい。

同会からの連絡は次のとおりであるから、出席を連絡していただきたいとのことである。



 
○日時 平成24年2月23日(木)午後6時~午後9時
                (開場5時30分、講演開始6時)
○場所 アルカディア市ヶ谷(私学会館) 東京都千代田区九段北4-2-25 TEL:03-3261-9921
●地下鉄有楽町線・南北線      市ヶ谷駅A1-1出口
●地下鉄新宿線            市ヶ谷駅A1-1またはA4出口
●JR中央線(各駅停車)市ヶ谷駅  上記各出口から徒歩2分
○会費 3500円(資料代や食事・飲み物の費用を含みます)
 
当会合に関する一切の問い合わせと、御来会の可否は小野(03-3823-5233)宛にお願いします。 メール(sono@tek.jp)でも結構です。弁当の注文や配布物の準備等ありますので、申し込みはできるだけ早めに行って下さるよう、ご協力お願いします。
○講師
 
①  亀井亜紀子先生 参議院議員> 『社会保障・税一体改革における消費税論議の真相など(仮題)』
 
学習院大学法学部政治学科卒業。カールトン大学卒業(カナダ)。帰国後、プロの英語通訳としてビジネスや報道、スポーツ分野で活躍。その後、父・亀井久興衆議院議員の政策秘書となる。2007年、参議院選挙に国民新党公認で初当選。2010年9月より党政調会長として、民主党や野党各党との政策協議の第一線に立つ。昨年2月のNHK『日曜討論』では財政危機を煽る財務省の二枚舌を暴露。国内向けには「大変だ」と言いながら、海外向けには「大丈夫だ」と説明している矛盾を指摘した。

②小野盛司 日本経済復活の会会長
 
会の活動報告、『大震災からの復興への道 -お金がなければ刷りなさい-』
 
日本経済復活の会のホームページ http://tek.jp/p/

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Postal Schock Doctrine

昨年開催された講演会である。郵政民営化の闇は深い。しかし、何時までもかくしおおせるわけでもない。天網恢々疎にして漏らさずであるから、いつかは露呈する。

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Sense of Mission 7

月刊日本が主催した、鈴木宗男氏の講演会の全てを転載した。元の動画像を記録したまほろばJapanに感謝する。

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Sense of Mission 6

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