構造改革、民営化、市場原理主義の虚妄から、マインドコントロールを解くための参考図書館

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2013年2月

An Alliance

一昨日は、昼間に赤坂のホテルで、朋あり遠方より来たる、と40年

来の義兄弟とも云える米国人と落ち合って、新宿のとあるデパート

の食堂街でとんかつ定食を共にした。当然のことながら、米国社会

がすっかり格差社会になって、貪欲な金持ちと、福祉にたかるだけ

の貧乏社会との社会格差が広がり、二極分化が発生している、人種

問題が加わって、異論を述べたり、議論もできないようなタブーが

生まれている、テロ対策強化で、米国の伝統である個人の自由が浸

食してしまって、昔の共産主義の国のような官僚主義がはびこる監

視社会になってきているとのことであった。日本人の中にはまだ、

古き良きアメリカを語る者が多いが、現実のアメリカはすっかり変

化してしってしまっているのだ。親米気取りで、米国の実際の社会

変動には関心を持たない日本人の学者や評論家が余りにも多いと嘆

いていた。それから、オバマ大統領は国内政治に忙殺されており、

安部総理の訪米にもそれほど真剣に対応できるような外交政策についての策略も考えていなかったのではないかとの指摘で、それもワシントンでは、この20年ばかりは、中国礼賛の意見が一色で、日本の姿や主張など何処にもないのが実態だとのことであった。(国務省には、知日派の外交官はゼロだとのことである(なるほど、テレビで、昼食時間帯の記者会見では、安部総理が話しても、オバマ大統領は内政の問題を中心にして質疑応答で話をして時間を使ったことは印象的であった。)小生の友人は、それでも、安部総理がちゃんと、一歩前に出て、尖閣の問題など中国の軍事的な進出を牽制する発言をしたのは、良かったと思うし、CSISなど、何処の味方か分からないような機会主義のシンクタンクではあるが、そこで、安部総理がちゃんと演説をして、日本の主張を行ったことは良かったと思う、日本の主張を一歩全面におしだしたことで、ようやく、米国と中国との反日勢力を一歩引っ込ませることに成功したのかも知れない、良かった、と述べていた。それにしてもワシントンには、もう日本の味方をする人々が影を潜めていることが現実なのだ。今回の総理の訪米も押しかけてワシントン訪問をしたようなことであったが、だからといって、TPPやその他の点で米国に譲歩をすれば、日米関係が良くなるわけではなく,逆に、日本の国益をちゃんと主張して、グローバリゼーションの勢力に面と向かって反対する方が、日本が尊敬を勝ち得ることになるとの指摘は重要である。実際、リーマンショックがあって、グローバリゼーションは世界的に終焉を迎えたにもかかわらず、安倍内閣の中には、依然としてその破綻した構造改革論などのビジネスモデルを礼賛する政治勢力が、成長戦略などと称して入り込んでいるのが現実だ。いずれにしても、その長年の米国人友人とは、グローバリゼーションが終わったことと、自立自尊の日本を求める方が日米関係の真の同盟の強化にも役立つことでは、意見が一致した。日本が自力で経済力を回復して軍事力を展開して、普天間の閉鎖を含め米軍の縮小を目指すことなども、ひとつの選択肢である。日本の、あるいは米国の拝金の勢力は中国の経済を強化したが、軍事や中国共産党の独裁体制をむしろ後押ししてしまった失策策だったのではないかと思うと、お互いに相づちをうって。いずれにしても、日本が自分の国は自分で守るのだという、歴史観を含め永久占領体制の枠組みを太平洋の両側で捨て去ることが大切だと話し合った。40年来の付き合いが稔ったような昼食会だった。当方は、日一日とボケ老人に近づいているが、日米関係を、今日の40年来の友人関係のように、真の対等な関係にするためにも、微力を尽くしたいものだと感じ入ったことである。朋あり遠方より来たる、、とんかつ定食の新宿デパートでのささやかな昼食会だった。

ひな祭り3

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ひな祭り2

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帝国ホテルの宴会場への入り口の一階に飾られていた。

ひな祭り

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Chinese Expansionism

Justice Destroyed

月刊日本主催『最高裁の罠』出版記念イベント
「2013年 日本の政治の大問題」

日時:2013年2月20日(水)19時~
場所:阿佐ヶ谷ロフト
内容:第一部 最高裁 / 第二部 選挙制度
出演: 
鈴木宗男 新党大地代表
石川知裕 衆議院議員(新党大地)
平野貞夫 元参議院議員・政治評論家
山崎行太郎 文藝評論家・『最高裁の罠』共著者

司会:尾崎秀英 月刊日本副編集長

mahorobajapan動画:第一部 最高裁 
①【鈴木宗男】月刊日本『最高裁の罠』出版記念イベント 第一部 最高裁 (29
分)
http://youtu.be/rPHN8Ql4tJQ

②【最高裁事務総局・調査員】月刊日本『最高裁の罠』出版記念 第一部 (73
分)
http://youtu.be/CUX4luzfltg

②の最後の約15分間(聴衆との質疑応答)は、特に興味深いものがある。

My humble blog counted 770000 access.

拙いブログを書き始めてから,もう何年が経ったのだろうか。今日のカウンターを見ると77万回を丁度越したところだ。訪れて頂く読者の数を示すものではないが、相当な時間が経った証拠の数字ではある。統計を見ると一日当たりの訪問して頂く読者の数も大体一日200人を越える程度が平均の数字になっている。当方ブログが怠けて記事を書かなければ,すぐ飽きたように訪問者の数は少なくなるし、また、あまり調子にのって、根も葉もないような記事を書けば,それだけにすぐに訪問者が少なくなる。多くの同志と真剣に対話をしている気分だ。

いずれにしても、当方ブログの読者の皆様、拙文を読んで頂いて感謝する。

当方ブログは、市場原理主義と言う,別名、惨害資本主義を糾弾することが主題であるから、一旦退潮にむかったとは言え、その残党の烏天狗どもが闇夜にまだは音をたてて飛び回っているのが、日本の現況であるから、慎重に事実だけをたよりにして、記事をまとめていかなければならない。もちろん、世間で,事実を、真実をと言うだけで、そのまま世間で通ることが出来ると思うほどの書生気分の甘さはないが、日本の国と国家の精髄を何とか護持するために、残された人生を捧げたいと思う。読者の皆様、時々は、コメントを書いて頂いて、拙い当方ブログの文章にカツを入れて頂きたくお願いします。謹白。

それから、当方ブログの動きをただ見張るとか監視するだけの、読者のふりをしている者が万一いるのであれば、どうかそうしたことはやめて頂きたい。当方ブログは、日本のアトム化と破壊を画策する勢力とは早々に一線を画しており、構造改革論などの新自由主義の拝金勢力の卑劣な動きには一切与しないことを宣明するだけである。

New Cold War

藤井厳喜氏の新著「米中新冷戦、どうする日本」が、出版された。米中新冷戦は、日米関係そのものを問い直しているが、日米同盟は、反共産主義の同盟とはなったが、実は大東亜戦争の時代には米国とソ連、そして中国共産党と米国とが同盟関係にあったことが分かれば、日米関係を対日牽制の同盟徒したい勢力が依然として残っていることを想起させる。第二章では、藤井氏はフーバー大統領の回想録を引用されているが、特に、この未邦訳の回想録について、当方ブログがかつて紹介したこともあるので、歴史を見直す資料として、邦訳がまたれるが、藤井氏が、特別に執筆したことを紹介して、読者のご一読をおすすめしたい。

The Last Samurai Forum

敬天愛人フォーラムが第105回目の講演会を開催する。

http://www.keiten-aijin.com/yamasaki.pdf

敬天愛人フォーラム21
第105回・イブニングセミナー

日時:平成25年2月26日(火)午後7時から9時。終了後懇親会あり。

演題は、最高裁の罠、

講師は、山崎行太郎氏である。

場所は、西郷隆盛会館(JR神田駅北口徒歩1分、城南信用金庫隣、千代田区内神田3-22-6 6階、電話は、03-3252-3153(西郷さん)である。

当方ブログの読者で出席聴講を希望する者は、事前にその旨主催者に連絡して頂きたい。

「「小沢事件」及び「小沢裁判」は、日本国家の暗部を次々と暴露してきた。東京地検特捜部の暗部、検察審査会の暗部、マスコミの暗部、そして米国の植民地支配の暗部……。 本書が取り上げるのは、「検察の罠」の先にある「最高裁の罠」である。 最高裁の司令塔の役割を担っているのは、「最高裁事務総局」という組織である。そして、この最高裁事務総局こそが、小沢一郎を強制起訴に追い込んだ検察審査会を管轄しているのである。 「守秘義務」や「非公開の原則」などによって秘密のヴェールに包まれたままの最高裁や検察審査会の深い「闇」。本書はその「窓のない、黒くて、ぶ厚い石の壁」に挑んだ記録である。 我々は多くの証拠や文献、そして現場での調査から、次のように結論せざるを得なかった。

●「小沢一郎検察審査会は、開かれていなかったのではないか」

●「検察審査会メンバーは、本当は存在しないのではないか」

●「小沢一郎強制起訴は、架空議決』だったのではないか」」

(志岐武彦・山崎行太郎著、「最高裁の罠」より)

TPP and eternal occupation of Japan

明治以来の亡国の政権となる可能性がある。民主党政権よりも劣悪になる可能性がある。

http://sankei.jp.msn.com/politics/news/130215/plc13021503100003-n1.htm

TPPへの参加は、外国への隷属、永久占領体制の固定化の道でしかない。戦後レジームの克服とは、逆の方向である。右といいながら,左側に歩いているような感覚を覚える。

Disaster Capitalist

とあるセミナーがあり、出かけて見た。演題は、2013年、日本・世界経済の行方と題して、「伝説のディーラー」と自称する外資銀行の元社員が講師であった。実に稚拙な議論で、日本の経済破綻を煽るだけの内容であった。驚いたことに、週刊誌に連載記事を掲載している人物であると言うから、投機の世界は、むしろ、事実にもならないことを煽り唆す方が、人気を呼んでいるのかも知れない。早速、グーグルで検索してみると、色々な評判がネットには掲載されていた。講演を聞きに行った分だけ,大切な時間を無駄にしたような気分であった。

http://kohada.2ch.net/test/read.cgi/market/1335782034/

Inner Search

友人の大山真弘氏が、お母さんにしてもらったことは何ですか、と題する本を出版した。

Haha

内観という心理療法の本である。ちなみに内観とは、「昭和の実業家・僧侶の、吉本伊信が浄土真宗系の信仰集団・諦観庵に伝わっていた自己反省法・「身調べ」から秘密色、苦行色、宗教色を除き、万人向けのものとした修養法。内観法、吉本内観法、あるいは医療に応用されて内観療法ともいわれる。現在、中国にも内観学会が設立され、その他韓国やヨーロッパなどで、森田療法と並ぶ日本製の心理療法として国際的に認められるようになったほか、刑務所や少年院などの矯正教育や、一般の学校教育、企業研修などにも応用されるようになった。」という。

大山氏の経歴は、「おおやま・しんこう 1948年、鹿児島県生まれ。真言律宗僧侶。熊本県玉名市の蓮華院誕生寺に奉職。蓮華 院誕生寺内観研修所所長として活躍中。日本内観学会評議員、九州内観懇話会事務局長、 熊本内観懇話会会長も務める。鹿児島ラ・サール高校、早稲田大学政治経済学部卒業。伊 藤忠商事、富士ゼロックスに勤務するなか、内観創始者・吉本伊信氏に出会い、人生の転 機を迎える。87年、真言宗僧侶を育成する高野山専修学院で真言宗阿闍梨を授かり卒業、 現職に就く。設立25年目を迎える蓮華院誕生寺内観研修所では、毎月1~2回の内観研 修を行っており、体験者は現在約2000人にのぼる。英語による内観も行っており、外 国人内観体験者(米国、韓国、ヨーロッパ)もいる。また、大学など外部での内観指導や 講演も積極的に行う。日本や世界の人々に内観を体験してもらい、幸せな人生を送る手助 けをすることを使命としている。蓮華院誕生寺ホームページで『幸福ニュース』と題して 無料のメールマガジンを配信。にこにこ和尚名でブログも執筆。メールを利用する「Eメ ール内観」も受け付けている。」である。ホームページは、http://www.rengein.jp/naikan/ である。

ご関心の向きは、左側の参考図書館にアマゾンのリンクを貼って置いたので、通信販売でお買い求めください。




Kuroshio 87

タマシとマブイ

電報を送るとき、朝日のア、いろはのイ、上野のウ、はがきのハ、おしまいのンと、確認するため上の句をつけて読んだが、シマチューの、特に古い言葉が残っている島の端の集落の住民には、ラジオのラがなかなか発音できなかった。ラジオがダジオになるのだ。rの音を発音しようとすると、破裂音の方が優先したからだ。前号で人と(チユー)物(ムン)の話をしたが、実は、アイヌ語のラムと言う発音の言葉が破裂音となって、rが発音できないからダムと発音するようになり、さらには清音になってタムになり、それが肉体と合わさっていることを表現してタマシあるいはタマスになってしまったのではないかと考える。タマスとは、魂のことであるが、分解すると、シが肉であることは明らかだ。南島でワーシと言えば、豚肉のことであり、鶏肉はトゥイシである。アイヌ語のラムとは心や心臓で、アッが紐だから、心の紐、ラマッが魂のことになっているから、破裂音になって、訛ってタマであるとすれば、タマシとは、心と肉体とが併存している状態を示すことになる。タマッは、日本語で美しく表現すれば玉の緒ともなるが、緒は下駄の鼻緒と同じで切れる可能性が高いから、絶えるの枕詞ともなっている。魂が肉体から離れて身体との関係が切れてしまうと死(シ)んでしまうのだ。肉体のシから離れるとタマが残るだけである。だが、黒潮の民のタマは、仏教やキリスト教とは異なり、天国に登ることもないが、地獄に落ちるわけでもなく、時間が経てば、姿も形も見えないが、共同体の中に空気のように残って、位牌や社にまつられなくても、誰しもが神様になれる。最近まで残っていた南島の洗骨の風習のように、三十三年が経てば、海岸で白骨が潮で洗われて、魂が完全に肉体から離れて純化することになり、それからが本当の魂の世界に入る。タマスという独特の山の民の言葉が、古代の狩猟と焼畑の伝統を残している宮崎の椎葉の山奥にあった。これは、元々狩猟の獲物を分け合うという意味であるようだ。猪肉(ししにく)を分配するために小切りにしたものをいう、と柳田国男の後狩詞記に出ている。似た表現になますという言葉があるが、膾は(なます)、魚貝や獣の肉を細かく切ったものであることは、日本書紀に雄略天皇が鹿を捕らえてなますにした、つまり、肉を切り分けた話があるほどに、古い時代からの調理方法としてあった。今では刺身と言っているが、野菜を刻んで混ぜた魚の刺身は、文字通りの鱠(なます)で、黒潮の民の好物で、大陸では食べない。最後のすは、酢のことではなく、肉のシがスと変化した発音である。片山龍峯氏は、アイヌ語のラマンテが、たま(魂・霊)在らす、ということで、意味が全く同じであると指摘したうえで、狩猟のことを、現代のように鉄砲で撃ち取ることではなく、「肉を解体(仮の衣を脱いでいただく)し、身体の中にある魂を外在化させ、それを丁重に神の国に送ることを意味した」と『日本語とアイヌ語』(一九九三年、すずさわ書店)に書いている。実際に、椎葉の猟師は猪を獲りに行くと鹿が出てきても、銃を撃たないし、犬を追わせることもしないという。古代の狩猟者は獲物を限定して、そのほかの動物には目もくれず、一定以上の数は獲らないし、また、子供の猪は捕らなかったという。何でもかんでも発砲して撃ち殺してしまうような乱獲の思想は古くからなかったのだ。銃弾を一発も使わないで獣を(けもの)獲った。

 さて、人が死んだということを南島では、チューヌモイシと言っているが、モイシの発音は、喪中のもにつながり、みまかることにもつながっていることだろうと思う。シという末尾の詞は、完了してしまったような響きがある。魂が果てのない、帰ることのない旅にさっさと出かけて、この世を去ってしまったが、残る者の虚脱感を感じさせる言葉である。魂のことを、タマシという場合には、魂がまだ肉体の中にとどまっていて、知恵となって表現される状態である。赤ん坊が、ハイハイをしながらだんだんを知恵をつけていく状態を、タマシが出てくると表現できるし、タマシムンといえば。平凡な人ではなく、知恵者であって凡人とは一線を画するところがあり、策略があって抜け目のない人物でことがわかる。魂のことをマブイということもあるが、これはもう肉体とは関係なくなって浮遊する魂のことである。霊魂ともいうべきところだ。お盆の時には、集落のはずれの川縁にあるお墓に線香を持って行って、先祖の霊を迎えに行ったものだったが、その際も迎える人の後についてくるのは、タマスではなく、マブイであったことは間違いない。もう肉体の関係は一切なくなって戻ることのできない世界にマブイはいる。マブイが出たといえば、幽霊が出たとほぼ同じで、目に見える現象であるが、肉体とは関係がなくなって、戻る身体のない霊のことであるから、怖い存在ではない。タマスは、出てしまったら、ユタが祈祷なりして、元の身体に押し戻して納めることができるが、マブイになったらもうおしまいで元の人間に戻ることはあり得ない。先祖のマブイであれば、むしろ子孫を守ってくれる。墓に迎えても怖くない。(つづく)

Crinum asiaticum

Photo


マレーシアのサイバージャヤにハマユウが咲いていた。アジア太平洋サミットが開催された場所だ。黒潮の民の植物だ。

Photo_2

Independent Japan

友人から送られてきた,予算委員会での質疑の詳報へのリンクである。ご参考まで。

MSN産経ニュース 平成25年2月13日
石原氏の質疑詳報(上)http://goo.gl/6kc8W
石原氏の質疑詳報(中)http://goo.gl/pTBgm
石原氏の質疑詳報(下)http://goo.gl/oqmzF

True Story after 18 years of the dispublication

あれから18年が経った。その記事を書いた西岡氏の手記である。ご参考まで。

http://blog.livedoor.jp/nishiokamasanori/archives/6258062.html

http://www.amazon.co.jp/%E3%82%A2%E3%82%A6%E3%82%B7%E3%83%A5%E3%82%A6%E3%82%A3%E3%83%83%E3%83%84%E3%80%8C%E3%82%AC%E3%82%B9%E5%AE%A4%E3%80%8D%E3%81%AE%E7%9C%9F%E5%AE%9F%E2%80%95%E6%9C%AC%E5%BD%93%E3%81%AE%E6%82%B2%E5%8A%87%E3%81%AF%E4%BD%95%E3%81%A0%E3%81%A3%E3%81%9F%E3%81%AE%E3%81%8B-%E8%A5%BF%E5%B2%A1-%E6%98%8C%E7%B4%80/dp/4817403934/ref=ntt_at_ep_dpi_2

事実を探求することが重要であり、言論を安易に弾圧することではない。

Inferiority Complex

天網恢々疎にして漏らさずである。

http://www.marino.ne.jp/~rendaico/seitoron/jimintoron/history/koizumiseikenco/takenakaco/ronbunmondaico.html

The Villain and Postal Destruction

http://shimotazawa.cocolog-wbs.com/akebi/2013/01/post-1764.html

以下は上記のリンクのサイト、神州の泉からの再掲である。

 飯島勲氏は、小泉内閣の誕生とともに、内閣総理大臣秘書官(政務担当)に就任し、5年5カ月に及ぶ小泉政権を裏方で支えた人物である。メディア戦略や情報操作に長けており、「官邸のラスプーチン」と評されたらしい。神州の泉は「国策捜査」という言葉を聞くと、なぜかこの人物を思い浮かべてしまう。彼は、ドラマ「子連れ狼」に出ていた毒薬製造の大家で権謀術数の権化、阿部頼母(あべたのも)を髣髴とさせる。強烈な役柄だが、神州の泉は金田龍之介氏演じるこの人物キャラが大好きだった。なぜか飯島氏とイメージが重なるのであるが、それほど、飯島氏は小泉官邸主導政治の知略・謀略の中心人物だったということであろうか。(飯島氏の憤怒の形相が写真のようになるかどうかは分かりませんが。)(写真は省略した)

  その飯島氏が、最近、安倍晋三総裁が、新設の「産業競争力会議の委員内定」として再登板させた竹中平蔵氏をこっぴどく批判している。小泉純一郎元首相の腹心で秘書官だった飯島勲氏を、今度は安倍総裁が内閣参与として起用した。日経新聞を参照すると、その飯島氏が「竹中氏は日本維新の会の衆院選候補者選定委員長だった。登用すれば、消費税増税の3党合意を結んだ民主党を首相が切り捨て、維新と連携するというメッセージになりかねません」と安倍総理に進言したらしい。

  安倍総裁は、小泉元首相が立ち上げた、新自由主義の伏魔殿として悪名高い『経済財政諮問会議』を牽引していた竹中氏を高く評価し、再び彼にその役目を担わせようとしている。ところが、飯島勲・内閣参与や麻生太郎・副総理兼財務大臣兼金融担当大臣は、竹中氏の再登板に強い難色を示したようだ。日経新聞によれば、麻生大臣は2005年、郵政民営化を巡り、小泉元総理に忠実に仕えた竹中氏と、郵政事業を所管する総務相だった麻生は鋭く対立していたが、小泉氏は「郵政解散」後の衆院選で圧勝すると、竹中氏を総務相に据えて民営化の機関車にし、麻生氏は外相に横滑りさせる形で事実上、更迭した。

  ケインジアンの要素を持つ麻生氏と新自由主義の権化である竹中氏は、もともと相容れない世界観を持つ。飯島氏と麻生氏が安倍総理に対し竹中氏の登用を諌めたが、結局、総理の強い意志で竹中氏は「産業競争力会議」のメンバーに起用された。神州の泉は、郵政民営化における麻生氏と竹中氏の反目の歴史については、ジャーナリスト鈴木棟一著「小泉政権50の功罪」(ダイヤモンド社)を読んで、マスコミが流さなかった経緯があることを知った。

 2004年9月7日、小泉首相は郵政公社の民営化に向けて、二年半後の2007年四月に「四分社化」するという大枠を決めていた。この時、総務省の麻生太郎大臣や郵政公社の生田正治総裁は難色を示していた。自民党そのものも大半は反対だったようだ。

  小泉氏は郵政民営化を改革の本丸と位置づけたが、もう少し掘り下げた彼の本音を言えば、四分社化こそ、民営化という旗振り作業の底意にあった本心だった。2004年の段階で小泉氏や竹中氏は四分社化を最優先課題としていたことは間違いない。この当時、小泉氏が四分社化にこだわった理由を政府筋の人間が少し触れている。それは、今のうちに分社化を決定しておかないと、2007年の任期が過ぎて政権が変わったとき、かつてのグリーンカードのように廃止法案が出される危惧があり、だから最初から分割を明確にして閣議決定をしておくべきだという考えだった。

  小泉氏や竹中氏の郵政民営化構想の心底には、国営郵政という巨大な事業体をバラバラに切り刻むという魂胆が確実にあったということだ。2004年当時、分社化論は自民党全体を喧々囂々(けんけんごうごう)に巻き込んでいた。ただしそのことはメディアがまったく伝えなかったから、国民は蚊帳(かや)の外に置かれ、四分社化という形態が、民営化とどう関わるか、あるいはなぜ四分社体制が取られたのかということが、国民にはいっさい伝わってこなかった。四分社化が注目されたのは、麻生政権が始動して五ヶ月経った09年2月である。

  実は、2004年当時、四分社化案はかなりの自民党員に懐疑的にとらえられていた。10月15日、自民党合同部会で、与謝野馨氏ら政調執行部は、党の公約としてマニフェストに書いてあるからと、民営化を前提として議論すべきだと意見を提示したが、小林興起議員がこれに待ったをかけた。彼の言う、政府は党を無視して勝手に基本方針を作ったという反論を皮切りに、政府案への反対論が続出した。結局、政調会長や座長を除き、一般議員の席には民営化賛成論者が一人もいなかったそうだ。

  特筆すべきは、この合同部会の議論で「分社化=外資への売却」論が出ていたことだった。岩崎忠夫、小泉龍司衆院議員らが「分社化したら郵貯や簡保だけを外資に叩き売ることができる。日本の貴重な金を外資に渡すのは売国の行為だ」と指摘しているのだ。結局、合同部会の会議での議論の方向は三事業の分離化を絶対条件とした小泉氏の思惑からは大分隔たって、公社のままで改革、三事業一体化の堅持という意見が多数出た。これに対し、小泉氏やイエスマンの武部勤幹事長は解散風を吹かして党員を恫喝している。

 この当時の自民党議員がほとんど反対だった郵政民営化が、いつの間にか騒がれもせずに結果的に賛成に覆されてしまっていた。小泉首相は翌年、1月21日の通常国会冒頭の施政方針演説で、郵政民営化の四分社化を明言している。神州の泉は、このとき外部から相当強い圧力があったと思っている。まあ、推測でしか言えないが、USTR(米国通商代表部)、ACCJ(在日米国商工会議所)、米国大使館辺りから、かなり強い圧力をかけられていたと思う。なぜなら、郵政民営化は米国の対日戦略であるからだ。この当時の小泉氏が異常なカリスマ性を帯びていたとしたら、それは有形無形のアメリカの下支えが小泉氏に働いていたからだ。自民党員は小泉氏や竹中氏の背後霊として君臨するアメリカに畏怖を抱いていたと推測する。現実には横田幕府が睨みを利かせていたのかもしれない。

  この当時、世間に流布され注目されたことは「郵政民営化、是か非か」という単純な二元論だけだった。四分社化の意味などはいっさい表に出ていなかったと思う。小泉氏はリフォーマー(改革者)ではなくデストロイヤー(破壊神)であった。2005年、郵政民営化関連法案が正式に可決となる特別国会半年前の4月、当時総務大臣であった麻生氏は、郵政民営化担当大臣の竹中平蔵氏と、郵政公社の「分社化」について激しい意見対立を交わしていた。

  麻生氏は郵政四分社の一体性維持を強硬に主張した。しかし、竹中氏は郵貯銀行、簡保会社株の完全売却に徹底的に固執した。喧々諤々の白熱した議論があった。麻生氏は言った。「株の一部を持ち合って一体化を維持することが大切だ。」これに対し、竹中氏は反論した。「金融は違う。それでは金融が持たない」結局、議論が続いた末に、当時の細田氏が竹中案と麻生案を小泉首相に持って行き、彼の裁定を仰いだ。小泉氏は竹中案を採用して決着が着いたという経緯があった。この時、麻生氏が無念を抱いていたことは確実だったろう。

  神州の泉は、どうひっくり返っても「金融は違う。それでは金融が持たない」という竹中氏の言っていた意味がさっぱり分からない。竹中氏は分社化の理由を「(郵便、窓口、貯金、保険の)四分社化で、第一に、一つの事業の損益状況が他の事業に影響を及ぼすことを未然に防ぐことが重要。二番目に、各機能それぞれの専門性が高められる。三番目に、機能ごとに効率的な経営が行われ、良質で多様なサービスを安い料金で提供できるということにつながる」と言っている。この三つの二番目、三番目は何の意味もない与太話である。一番目の理由も説得力ゼロである。

  竹中氏は、「一つの事業の損益状況が他の事業に影響を及ぼすことを未然に防ぐこと」を「リスク遮断の必要性」という言葉で何度も説明していたが、130年に及ぶ郵政三事業一体化の歴史で、事業相互間にリスク発生の事実はなかったことを鑑みれば、竹中氏は分社化の正当な理由を一度たりとも説明していないことになる。ここに郵政民営化最大の胡散臭さがある。

  経済学者の植草一秀氏はブログで、「郵政民営化は米国の要求に沿って小泉‐竹中政権が実行したものだ。細目を決定するに際して竹中氏は米国保険会社などと20回近くの協議を行っている。日本国民のための制度改革ではなく、外国資本に利益を供与するための制度改革だった疑いが濃厚である。」と言い切っている。

  2004年から2005年にかけて、竹中氏はUSTR(米国通商代表部)のR・ゼーリック代表やその他の米政府要人、あるいは米国保険業界の重鎮らと数次にわたって会っていたが、おそらく4分社化は、これらの密会初期に米国側から指令されている。竹中氏はその指令を忠実に実行するに当たり、「分社化の理由は事業間のリスク遮断にある」などと、苦し紛れの出まかせを言って、議員連中や国民を煙に巻いた。

  異常に弁舌に秀でている竹中平蔵氏は、松下政経塾でホモ弁論の技術を磨いた野田佳彦氏と似たところがあり、どんなに非論理的なことでも、目をぎらつかせ、言葉に力を込めるから、一見、理屈が通っているかのような印象を与える。要するに、怒涛のようにまくしたてる弁舌の力で相手の思考能力を奪う技術なのである。タヌキの化かしである。上述の「リスク遮断云々」を見れば、そのペテン的な口舌(くぜつ)が分かるだろう。意味のないことを、さも意味ありげにまくしたてるのである。

  話を戻すが、麻生氏が竹中氏を危険視する理由は、以上の説明から充分に頷けるのだが、飯島勲氏が竹中批判をする意味がよく分からない。3・11大震災の2日後、2011年3月13日のテレビ大阪の番組「たかじん NO マネー」に、飯島勲氏と竹中平蔵氏が仲良く出演していて、飯島氏は竹中氏を「竹中先生」と呼んで、徹底的に持ち上げていた。わずか二年も経たないうちに犬猿の仲になるものだろうか。二人とも対米隷属、新自由主義の旗手という観点から見れば、完全に同族であり、喧嘩する理由がない。

  田中角栄元総理のロッキード疑獄の火種になった文春や、CSIS(米戦略国際問題研究所)の代理店である日本経済新聞が、飯島氏による竹中批判を載せたこと自体が胡散臭い。神州の泉は飯島氏による竹中批判は、カモフラージュだと考えている。小泉政権時代、飯島氏は官邸主導の裏方で政務を担い、竹中氏は経済を担った。彼らは小泉政権の両輪の関係だった。安倍第二次政権が始動して、飯島氏と竹中氏が仲良く連携する姿を見せたら、誰でも小泉政権の再来とみて警戒するに違いない。だから、飯島氏は偽装的な隔たりを故意に創ったのではないかと見ている。

Bank of Japan

日本銀行の総裁の人事に関心が集まっている。

 黒田東彦(はるひこ)アジア開発銀行総裁(68)の起用が有力となったとする報道が出た。政府・日銀が掲げる物価目標2%の達成には、国際金融に精通した人物が不可欠で、財務省で国際金融を統括する財務官を3年にわたり務めた黒田氏が適任だとする流れが強まったとする。政府は今月下旬に予定する安倍晋三首相の訪米前に同意人事案を国会に提示する日程である。

 黒田氏には当初、財務省OBへの野党の反発が予想されることや、アジア開発銀総裁の現職にあることから、政府内で起用への慎重意見が強かったという。更には、財務相を務める麻生太郎副総理が組織運営能力が未知数な学識経験者の起用に難色を示し、語学力などを条件に財務省OBを排除しない考えであることも考慮し、能力重視の人選を進めていいるという。8日のBSフジの番組で、安倍総理が、新総裁の起用条件について「財務省の人は全部ダメという論理もおかしい。国際金融をやっていて金融マフィアと交流がある人もいる」と指摘したという点が興味深い。金融マフィアと交流がある人とは、どの候補に挙がった人物をいっているのだろうか。

さて、当方ブログが、リンクを貼っているサイトは、岩田一政氏を該当者として、日銀の独立を尊重する考え方からは、植田和男氏を適任としている。いずれにしても、市場原理主義者として外国勢力との関係が強い竹中平蔵氏とその亜流の学識経験者はまず,候補者として取り上げてはならないとする点が説得的であり、東京義塾としても賛同したい。日本の金融政策が外国に売り渡される可能性すらあるから、断固阻止することが必要である。http://uekusak.cocolog-nifty.com/blog/2013/02/post-f0c8.html 

黒田東彦氏の著書に、「財政金融政策の失敗」があるが、その本の内容としては、黒田氏は、財政。金融、通貨の政策が協調することが重要であり、景気回復を目指す場合には、金融政策が重要であり、経済主体のインフレ・デフレの期待への働きかけが必須となるとなるために、積極的な先読みをする舵取りが求められると主張している。デフレが深刻化する中で、消極的な取り組みしか行わなかった日銀の取り組みについては批判的な立場である。黒田氏は、財務省の出身ながら、緊縮財政論に必ずしも味方をしてきたわけではなく、国際金融という財務省のいわば傍流とも云える立場の財務官僚であるから、武藤氏や他の次官経験者などとは異なる立場ではないかとも考えられる。竹中氏などの、小泉構造改革路線に加担して日本を縮小させ,破壊したことに与した市場原理主義者の起用を排除するという観点を第一義とするのであれば、黒田東彦氏の起用は次善の策として、今日の新聞報道の裏付けともなる。ご参考まで。

Singlehanded sailing from British Columbia to Hawaii

Kuroshio 86

人のことを「チュー」という

 黒潮の民は人のことをチューと言う。借りてきた漢字で「島人」と書いて、シマ(ン)チューと読む。「島人ぬ宝」という題の沖縄の歌謡曲がカラオケで流行るようになって、ヤマトゥンチューにとっても不思議な読み方ではなくなった。もともとシマ自体が、アイランドとしての島ではなく、人間の集団が影響力を行使できる共同体の範囲のことであるから、チュンシマと言えば、他人の集落のことである。チュンヤと言えば、人の屋で、他人の家の意味である。チューには、他者と自分とをはっきり区別しているものの、同じ目線で考えており、生命を持ってこの世に生きている同族相哀れむような感覚が残る。それが、人間が人(チユー)でなくなるとムンになる。物である。クサダニムンとは、雑草の種のように、厳しい環境の中で踏みしだかれても芽を出していくような生命力の強さはあるが、人間の本来持っている弱さと優しさがなくなって、世間でははばかられるような強い者を表現する。シマの共同体の中では、渇水季になると水争いが起きた。水はけがよくて保水性が低い隆起珊瑚礁の土地柄では、気性も激しくなる。最近まで日本で唯一の小選挙区で激しい選挙戦で悪名高くなったシマもあった。水争いにも似て、些細な利権が争いの種になって、選挙は熾烈を極めた。自分のシマとチュンシマとの境に夜な夜な見張りを置くような刺々しさがあったが、灌漑のための水道が整備されて、蛇口をひねるだけで飲み水が供給されるようになって水争いもなくなったように、選挙区が統合されて大きくなったら争いは消えた。天秤棒を担いで乾いた田んぼの畦を歩
いて水くみをする苦労もなくなり、それに加えて、お役所の構造改善事業と称
する罪作りなばらまき利権の補助金がなくなったら、急速に争いは影を潜め
た。心が和らぎ、クサダニムンの熾烈な争いが改まった。ムンに堕落して仁義
のない争いを演じたのは、素朴な島人が、外部の勢力にそそのかされ、たぶらかされて、ついには選挙の勝ち負けに、闘牛賭博に熱をあげるように、熱中するようになったからだ。人の魂を抜いてしまう化け物のケンムンに操られたのだろう。ケンムンの得意な悪戯が、石を投げることで、船の側に次々に大石が投げ込まれて沈没しそうになった怖い話があり、子供をさらって魂を抜き取る暴れん坊のケンムンもいた。魂を抜かれた子供は、ケンムンになってガジュマルの木々の間を飛び移って逃げ回るから、子供の魂を元に戻す方法は、藁を蒸し鍋の蓋に編んで頭に乗せ、棒で叩くことであった。筆者も子供の時に夢遊病者のようになって、月夜の晩に寝床からむっくり起き上がって、人気のない浜辺に一人で渚を歩かせて連れていかれるというケンムンの仕業にあったことがあるが、藁の蓋を被せられ叩かれて治った。ケンムンは夜行性だから、昭和五〇年代から、電力事情が改善され、夜道をウッキリ(薪の燃えさしで、熾火(おきび)の語源である。)を振りかざして歩く必要がなくなり、石油ランプのホヤの掃除をする日課もなくなった頃に、ケンムンの姿も消えた。シマでも電力消費量がどんと伸びて、活動する夜の暗闇がなくなったことと住処のガジュマルが伐採されたが原因だ。ケンムンを惜しむ向きもあるが、子供の魂を抜くような傷ましいことが闇夜にできなくなった点では、幸せなことである。魂が抜けたら、亡骸が残ってしまうだけで、人がモノになってしまって、内部の空虚となった外皮としての殻・体でしかない。

 人のことをチューと言う表現は、インドネシアのサブ島にも残っている。悪
魔に従う人をジンギチューと言うらしい。樺太のアイヌが、人間をエン・チュ
ーと言っているのも興味深い。アイヌとはそもそも人間のことであるが、西洋
人のように、いろいろな生き物や動物と比べて高い地位においているわけではなく、キタキツネやエゾシカと並列する表現であると言う。チューの場合は、
魂のある生き物のひとつとして、生命のないモノと対比する言葉である。アイ
ヌはヤマトゥンチューのことをシサムと読んでいるが、これは、シが自分で、
サムが側という意味であるから、自分の隣の人という意味である。アイヌ語も
日本語も、黒潮の民の言葉は、語順が同じで、あいうえおの五つの母音から成り立っており、子音の数にわずかの違いがあっても、ほとんど一致する。rと
lの区別もない。

 海のことをアイヌ語ではトと言うが、海の沖あいのことを宮古島あたりではオプトゥと呼ぶが、オプとは大であり、トゥは海である。アイヌ語では海が凪のことをノトと言っているが、能登が静かな海を示している可能性が高い。洞爺湖のトウも海の意味である。徳之島の北東の海中にトンバラ石という、海中から屹立(きつりつ)する岩礁があるが、これもトゥが海であるから、海原にある巌のことであることがわかる。奄美大島の笠利崎の沖と、同じ奄美大島の瀬戸内の嘉鉄の沖にもトンバラがある。沖縄の久米島の南方にもトンバラがある。いずれも、周囲の雄大な景色の中の、海の花畑ともいえるような、磯釣りの人にとっては理想的な好漁場で、豊饒の海の原となっている。(つづく)

アベノミクス 菊池英博③ ④ ⑤ ⑥

アベノミクス 菊池英博②

アベノミクス 菊池英博①

Justice and Territory

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