構造改革、民営化、市場原理主義の虚妄から、マインドコントロールを解くための参考図書館

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2013年5月

Chinese Threat

http://wedge.ismedia.jp/articles/-/2834

中国の覇権主義
環太平洋地域連携と
海上アプローチで抑える

2013年05月23日(木)T.X.ハメス

 東シナ海、南シナ海における中国の近年の強硬姿勢と北朝鮮の核の脅威により、地域内の緊張と紛争の可能性が高まる。これを安定させるためのポイントは、地域の同盟国や友好国との連携、中国の覇権的行動に対する海からのアプローチだ。

マラッカ・ジレンマ埋める軍備増強

 中国経済は海洋貿易に大きく依存している。中国の港湾はすべて第一列島線の内側にあり、海上封鎖に対して極めて脆い。この脆弱性を痛感する中国はかねて、「マラッカ・ジレンマ」と呼んできた。中国が輸入するエネルギーは、通行が厳しく制限され、自国から遠く離れたマラッカ海峡を通るからだ。

 こと製造業に関しては、さらに深刻なジレンマを抱える。中国経済の約27%は輸出に基づいており、輸出は遠く離れた市場への自由なアクセスに依存している。外国市場へのアクセスはすべて、第一列島線の隙間を通る通商航路を利用する必要がある。外国海軍が支配する隙間だ。

 そう考えると、中国が自国海軍に投資しているのも驚くに当たらない。このような投資は歴史上、台頭する新興大国では当たり前だったし、海洋貿易に大きく依存する国にとっては戦略上不可欠だとも言える。

 軍備増強は珍しいことではないが、中国の目的は地域、特に日本の懸念材料となる。米議会調査局(CRS)の海洋問題専門家、ロナルド・オルーク氏によれば、中国の海軍近代化にはいくつかの長期目標がある。

 ・地域内で中国の軍事的リーダーシップを発揮し、域内における米国の軍事的影響力を排除し、最終的に地域からの米軍撤退を促す。

 ・石油、ガス、鉱物資源の探査権にも関係する海洋領有権紛争で中国の主張を守る。

 ・石油などの輸入で中国が次第に依存度を高めている海上交通路を守る。

 こうした目標は、中国が世界市場へのアクセスを確保するために必要な範囲を超えており、目標が達成されれば、中国が東アジアの安全保障環境を支配することになる。中国はこの目標を達成するために、米国海軍を地域外にとどめておくことを目的とした「遠海」作戦の展開と接近阻止・領域拒否(A2AD)作戦の支援を行えるよう海軍を増強する。

 中国は現在、攻撃型原子力潜水艦を5隻、在来型の攻撃型潜水艦を50隻以上展開している。幸い、通常型潜水艦の半分以上は30年以上経った旧式の潜水艦だ。また、中国は水上艦部隊も増強しており、駆逐艦を26隻、フリゲート艦を53隻、ミサイル艇を93隻保有している。艦齢も能力も様々だが、比較的新しい艦船は高い戦闘力を持つ。

 1999年から2006年にかけて、中国はロシア製ソヴレメンヌイ級駆逐艦4隻の引き渡しを受けた。94年から07年にかけては新型の国産駆逐艦を5隻建造。91年から08年にかけては種類の異なる4種類の新型フリゲート艦を20隻建造している。

 矢継ぎ早に打ち出される新たな装備は、中国が艦船の能力を漸進的に高める意図を物語っている。また、急速な艦船建造が可能なのは、中国が軍用建設に十分適した造船所を有するからだ。

 今年には、中国唯一の空母「遼寧」が母港に到着した。遼寧は近年の中国艦船が受けたことのない大きな注目を集めたが、まだ実戦に向けた運用はされておらず、特段能力の高いプラットフォームでもない。それでも遼寧の就役は、将来的に効果的な空母部隊を築こうとする中国の願望を表している。

 しかし、比較的急激な軍備増強にもかかわらず、中国はまだ、中国の海上輸出が絶対に外国軍に封鎖されないために必要な作戦行動を実施する海軍力を持っていない。達成までには時間がかかり、現在はほとんど手付かずの輸送艦を多数建造する必要もある。

 また、中国は南シナ海および東シナ海で活動する様々な海洋機関の指揮系統の統一を図る。今年3月、政府は様々な法執行機関や漁業監督機関、沿岸警備隊、密輸取締警察を国家海洋局に統合した。中国は沿岸水域の支配力を高める一方で、国家海洋局の船と外国船との偶発的な衝突が生じる可能性を減らせるはずだ。

 こうして見ると、南シナ海、東シナ海における中国の行動は、一段と攻撃的な行動を取ろうとする願望と、そうした行動が手に負えなくなる事態を確実に防ごうとする願望の両方が見える。

 一方の米国側は、アジアへのリバランスを始めている。11年11月、バラク・オバマ大統領はアジア太平洋地域を最優先すると宣言した。米国は環太平洋経済連携協定(TPP)など幾多の分野で行動を起こしているが、本稿は軍事的側面に焦点を絞りたい。

中国艦隊を上回る日米の能力

 オバマ大統領の宣言以降、米太平洋軍司令部はアジアへのリバランスの軍事的な部分を実行に移し始めた。米海軍は向こう数年間で保有する船舶を移動させ、6割を太平洋地域に配備する。それに加え、太平洋艦隊はすでに、米海軍のどの部隊にも先駆けて最新鋭の装備を取り入れている。実際、新しい沿海域戦闘艦4隻の1隻目が今月シンガポールに配備されたところで、米国は地域の水上艦の能力を向上させている。

 米海軍は世界各地に分散しているものの、原子力空母11隻、 ヘリコプター空母・軽空母10隻、攻撃型原子力潜水艦53隻、巡洋艦22隻、駆逐艦61隻、フリゲート艦18隻を保有しており、中国の空母1隻、主力水上戦闘艦79隻および潜水艦戦力よりも数が多いだけでなく近代的でもある。

 しかもこれは、海上自衛隊が保有する潜水艦16隻、ヘリコプター空母2隻、駆逐艦41隻、フリゲート艦6隻から成る高性能な艦隊を加える前の話だ。日本は近く、1万9千トン級のヘリコプター空母2隻のほか、新しい潜水艦や新型哨戒機「P1」を導入予定で、米軍と連携して水陸両用能力の増強に取り組んでいる。

 さらに、安倍晋三政権は今年、日本の航空機と艦船の調達予算を増額した。米国と日本を足した艦隊は、中国の艦隊より数が多く、より近代的で、能力も高いわけだ。

 米海兵隊の一部部隊を沖縄から移転させる取り組みは今も続いている。一部の海兵隊員は沖縄を去るが、太平洋地域にはとどまる。海兵隊は今後も空陸任務部隊を沖縄とグアム、オーストラリア、ハワイに1個ずつ置く。これらの部隊をバックアップするのが、海兵隊最大の戦闘部隊でカリフォルニアに本部を置く第1海兵遠征軍だ。

 海軍と海兵隊のチームは継続的に日本国内および北マリアナ諸島の訓練場で自衛隊と定期訓練を実施している。日米両国が地域の同盟国や友好国との相互運用性を高められるよう、その他の国々もこれらの訓練場で演習を行う。

 米空軍は太平洋地域に大規模な部隊を維持し、最新鋭のステルス戦闘機、F22ラプターとB2スピリットをグアムと沖縄に交互に展開し、空軍も地域の同盟国や友好国と定期的に共同演習を行う。

 こうした軍事演習は、米国の戦略にとって不可欠だ。米国は2年に1度、世界最大の海軍合同演習である環太平洋合同演習(RIMPAC)を主催する。12年のRIMPACには、世界22カ国の艦船42隻、潜水艦6隻、200機以上の航空機が参加した。この演習は環太平洋地域の国々をハワイに集め、災害救助と人道作戦に軸を置いて訓練を行う。中国は14年のRIMPACに船を1隻送り込むと発表した。米国はこれに加え、日本、韓国、オーストラリア、フィリピン、タイ、シンガポール、インドとの2カ国間および多国間軍事演習に定期的に参加している。

安全保障連合形成狙う安倍政権

 米海軍の戦略家、アルフレッド・セイヤー・マハンは、シーパワー(海軍力)において最も重要な要素は国が置かれた地理的な位置だと指摘し、「港の状況を変えることは人間の力を超えている」と書いた。第一列島線上に位置する日本は対馬海峡から琉球諸島、さらには台湾に近い水域にかけて中国の外洋へのアクセスを遮断している。日本政府もこの事実を認識している。

 10年12月、日本は防衛大綱で琉球諸島の防衛に重点を置いた新たな政策を示した。「動的防衛」というこの概念は、日本の領土防衛計画における大きな変化を示している(詳細は、日本国際問題研究所の小谷哲男氏の論文「China's Fortress Fleet-in-Being and its Implications for Japan's Security」を参照)。自衛隊(陸海空)は新たなアプローチを行うために定期訓練を始めている。

 安倍首相は動的防衛の概念を補強するように、日本、米国、オーストラリア、インドは、すべての国に地域内の海路・空路への制限なきアクセスを保障するために「民主的安全保障ダイヤモンド」という安全保障連合を形成できると述べた。また安倍首相は、主要加盟国を自ら訪問したり閣僚を派遣したりして、ASEAN諸国との関係強化にも乗り出している。

 日本の動的防衛という概念は、筆者が提唱した「オフショア・コントロール」という戦略とも結びつく。この戦略は通商破壊を通じて中国を抑止し、必要とあらば倒すことに焦点を合わせる。米国と日本は第一列島線を防衛することで中国の海上貿易を妨害する。そうすると中国はほぼ解決不能な戦略問題に直面する。中国は海上輸送よりずっと高いコストを払おうとも、陸路を使った輸送では十分な貿易を賄えないからだ。

 一方で、船舶輸送を守るためには、中国は制海能力を備えた海軍を築かなければならない。それには数兆ドルに上る巨額の資金と数十年に及ぶ歳月がかかる。たとえ実現できても、中国が航路を利用できる保証はない。中国の侵入する航路は制限されており、比較的容易に遮断できるからだ。

 この戦略を使えば、同盟側は中国を上回る兵力を確保でき、陸海双方からの支援と地理的な優位性を得られる。さらに、この戦略は防衛目的であるため、同盟側が中国本土を攻撃することはない。平時の演習はすべて防衛作戦とし、中国にも内容を公開する。そうすれば中国側にも、この戦略は中国が攻撃を仕掛けた場合に限って採用されることが分かる。中国がこの戦略は攻撃的だと訴えても、大半の国は中国を信じない。

 中国との紛争が中国と日米同盟のみならず、世界経済にとっても破壊的な影響をもたらすことは明らかだ。このため日本と米国は地域の同盟国と協力し、中国を刺激しないようにしながら、中国は日本に対する武力行使で政治的な目的を達成することはできないということを明確にさせる戦略を築かなければならない

Kuroshio 93

折口信夫の古代研究とタブノキ

 竹橋での会合の帰りに、皇居前広場を散歩しながら虎ノ門に戻る途中、前号に書いた楠正成銅像の左後方に植わっているタブノキの春の花盛りを眺めようと立ち寄った。楠とタブノキの見分け方を身につけるべく、幹周りを回った。楠は遠くから見ると、春の新芽が黄緑色に輝いているが、タブノキは新芽が赤い色に見えるから、遠目にも明らかに異なり区別できる。その新芽は花の蕾のように大きく、新緑の葉先に無数の赤色のつくしん坊がくっついて空に伸びているかのようだ。異国では紅楠という名前になっているのも故なしとしない。銅像の右前方にも、タブノキと思われる木があるが、楠でないことははっきりしても、蕾が小さく赤色が薄いから、素人目には本当にタブノキかどうか見極めがつかなかった。

 宮脇昭先生は、防波堤を越えて来た津波をくいとめたタブノキの生命力について書いている。それは、原爆が投下されて三~四年後の広島市内でタブノキが芽吹いているのを広島文理大学生物学科の学生の時に見て大変驚いた経験があったからだという。爆心直下の二キロ周辺には、全く樹木は残っていなかったが、爆心地から外れた比治山の谷沿いにタブノキが自生しているのを発見して、他はどうなっているだろうかと調査したところ、原爆ドームから二キロほど離れた神社に三本のタブノキが枝葉を枯らして立っているのを見つけたという。しかも、その一本の幹の根元から新芽を出していたことに感動して、なぜタブノキだけが再生しているのか不思議に思い、強い関心を寄せて研究調査を続けた。その結果、北海道と東北北部を除く日本列島の低地の小樹林の主木がタブノキであることがわかったと結論づけている。謎解きのような話だが、折口信夫の名著『古代研究』(昭和五年)の第三巻の口絵にタブノキの写真が説明もなく掲載されているが(「標著神(よりがみ)を祀ったたぶの」
は能登一宮の気多大社にあるタブノキである)、折口の弟子である慶応大学の池田弥三郎教授から、その意味あいを知るために、タブノキについて説明を求められ、タブノキこそ日本の土地本来の照葉樹林文化の原点だと説明したことがあると、忘れえぬ思い出と題して記録している。池田教授は宮脇先生の説明に深く感銘を受けて、昭和五五年三月に大学を退職した時に、苗を百本ほど(八〇本と具体的な数字を出している向きもある)購入し記念植樹をして、「池田弥三郎 タブノキを植える。宮脇昭 これを助くる」という記念碑を建
立したと言う。筆者は、五月一一日、そぼ降る雨の中を「たぶの森」を確かめ
るために、慶応大学の三田キャンパスに赴いた。正門の警備員にタブノキのことを聞いたが、市場原理主義の権化の元閣僚の大学教授を厚遇する「市場と権力」に特化した学風になってしまったのか、興味もない風で回答は要領を得なかった。日本最初の演説会堂で重要文化財の三田演説館の近辺に植わっているとは聞いていたので、探してみると、エノキや椎の大木があり、演説館の鬼門の方角に最近植えたらしいタブノキの植木が数本見つかった。四年前の五月に正門の守衛室奥にあった二八本のタブノキとシラカシが間引かれ、一二本のタブノキが創立百年記念のオリーブの木の隣に移植されている。南校舎が新築されたときに森を失くしたらしく、「たぶの森 由来」と題する、銀色の板に黒の活字体で書かれている碑板は、演説館の裏の右手の方向にすぐに見つけることができたが、これも移されてきたようだ。

 池田教授が直々に建立した元の碑はどこにあるのかわからなかったが、昭和六二年(一九八七)折口信夫生誕一〇〇年記念講演会の際に、慶応義塾国文学研究会により設置、除幕された碑文には、「たぶは 古来国内各地の山里に自生し、鬱蒼たる樹林は社叢等の聖地として郷里に親しまれている。折口信夫はその古代研究に関連してたぶの木に深い関心を寄せ、終生愛着を持ち続けた。たぶの木のふる木の 杜に 入りかねて、木の間あかるき かそけさを見つ 迢空 昭和五十五年三月、門下の池田彌三郎君は、退職に際して、三田山上に先師を偲ぶよすがを残すことを発議、植生学者 宮脇昭氏の協力を得て、正門内および演説館前に植樹を行い、ここにたぶの森の実現を見たのである」と銘文になっている。実際は、森と呼ぶことはできない数本のタブノキの植木になっていることは残念である。さて、碑文にある折口信夫の歌は、昭和二年に、能登を訪れた時の歌である。折口は「我々の祖(おや)たちが、此国に渡つて来たのは、現在までも村々で行はれてゐる、ゆいの組織の強い団結力によつて、波頭を押分けて来ることができたのだらうと考えられる。我々の祖たちが漂着した海岸は、たぶの木の杜に近いところであつた。其処の渚の砂を踏みしめて先、感じたものは青海の大きな拡がりと妣(はは)の国への追慕とであつたらう」(「上代日本の文学」)と書き、タブノキは海を渡ってきた祖先の漂着地の印だと主張した。タブノキが波濤を越える浮宝(舟)の材料であり、やがて結界を示すサカキ(境木=榊)になったとも推理する。黒潮の民の澪標(みおつくし)である。 (つづく)

East Garden

皇居東御苑を案内する動画像がありましたので、そのリンクを整理しました。

① http://youtu.be/4LL8t6Je1rA

② http://youtu.be/Nmm9-DGc0mI

③ http://youtu.be/-eEztAUh97A

④ http://youtu.be/TZ1oVSfIVgE

⑤ http://youtu.be/kAdnGrvvhdc

⑥ http://youtu.be/mS2t-3Pclpo

⑦ http://youtu.be/eiSQf1oleIY

⑧ http://youtu.be/SyAE-x-hssY

⑨ http://youtu.be/vAFDOOc_ixA

⑩ http://youtu.be/XVn4KRL6UcE

⑪ http://youtu.be/eZAdi_mL5Tw

⑫ http://youtu.be/qNvSMP7drVE

⑬ http://youtu.be/Elo2fV_pIxM

⑭ http://youtu.be/OQVUR6Hd_VE

⑮ http://youtu.be/gTAFXYQK2xg

⑯ http://youtu.be/OVzL-enzxBA

⑰ http://youtu.be/Gzx5apTwSd8

⑱ http://youtu.be/EaaYZI25Sc8

⑲ http://youtu.be/VAGGlSx0oq4

⑳ http://youtu.be/3H_tvSYpzwI

㉑ http://youtu.be/Lk__XUaSG94

㉒ http://youtu.be/QSpXV0S8nbc

㉓ http://youtu.be/pIvV-cNCd7U

㉔ http://youtu.be/6WW5xjFUtCQ

㉕ http://youtu.be/wjUYS3MEgoQ

http://youtu.be/WKSkzQ5VWy8

Corrupt Privatization

郵政公社「資産売却」の闇 民営化ビジネスの虚実(佐々木 実)

日本郵政が「かんぽの宿」をオリックス不動産に一括売却しようとしたところ、鳩山総務相 (当時) にストップをかけられ、白紙撤回に至ったことは記憶に新しい。しかし日本郵政は、前身である郵政公社時代にも一括売却 (バルクセール) の手法を用いて600件を超える大量の資産売却を行っていた。このバルクセールの実態はどのようなものだったのか。転売先や資金の出所にまで視野を広げて追跡したところ、謎の有限会社や小泉政権時代に「勝ち組」としてもてはやされた企業の名前などが浮かび上がってきた――。気鋭のジャーナリストによる渾身の追及レポート。

http://www.iwanami.co.jp/sekai/2009/10/directory.html

佐々木 実
ささき・みのる 一九六六年生まれ。ジャーナリスト。日本経済新聞社を経てフリー。

 民主党の城島光力氏に話を問いたのは総選挙の準備に忙しい七月のことだった。「いま思い出しても腹が立ってきますよ」落選中の身の城島氏はそう言うと、六年前の出来事を昨日のことのように話しはじめた。
 きっかけは○三年五月の衆議院厚生労働委員会での質疑だった。民主党の「次の内閣・雇用担当大臣」でもあった城島氏は労働分野の規制緩和に強い懸念をもっていた。
 「派遣期間を一年から三年に延長し解雇もしやすくする法案でした。オリックスの宮内義彦さんが議長の総合規制改革会議から出てきた流れだ。それでこの会議のメンバーについて調べてみようと思ったわけです」

「最高権力者」

 調べてみると、人材派遣に関わる経営者が委員のなかに二人いることに気づいた。ザ・アール社長の奥谷禮子氏とリクルート社長の河野栄子氏。ザ・アールのウェブサイトをみてみると、第二位株主がオリックスで、主要取引先はリクルートと記されていた。総合規制改革会議は首相の諮問機関。小泉総理が提言を尊重するので政策への影響力は大きい。ビジネスでつながりをもつ三人がそろって委員というのは問題ではないか。城島氏は厚生労働大臣に質した。
 城島氏は国会の外でおもわぬ反撃に遭う。奥谷氏自らが議員会館の部屋を訪ね、激しく抗議してきた。抗議は執拗で、面談のあとも、衆議院厚生労働委員長あてに内容証明郵便を送付し、「不適切な部分を速記録から削除」すること、城島議員を「悪質な場合は処分」することを求めてきた。
 だがこれで終わりではなかった。追い討ちをかけるように、総合規制改革会議議長の宮内氏も抗議文を送りつけてきた。「貴職の見解を問いたい」「総合規制改革会議に対しての大変な侮辱である」「到底承服できるものではない」……まるで目下の者を叱責しているかのような文章だった。
 憲法第五一条は国会議員に国会での発言の責任を問われないという免責特権を与えている。抗議を逆手にとって問題にしようと城島氏が考えていた矢先、自民党ののちに大臣にもなる有力議員が声をひそめるように忠告してきた。
 「城島さん、あなたのいうことはそのとおりだよ。でもね、宮内義彦はいま日本の最高権力者だ。戦ってもいいことはなにもない」

郵政民営化ビジネス

 「政官業の癒着よりひどいじゃないかと指摘して、ぼくは宮内さんや奥谷さんの猛烈な怒りを買った。ずばり本質をつかれたから彼らはあんなに激しく怒ったんだと思いますよ」
 過剰反応の背後に利権の存在があるのではないか。城島氏は郵政民営化の利権について調べる決意を固めていたが、頓挫した。○五年九月の「郵政選挙」で落選してしまったからだ。
 奥谷氏はいま日本郵政株式会社の社外取締役に就任している。郵政審議会委員を務めるなど郵政事業とは縁が深いが、奥谷氏が経営する人材派遣会社ザ・アールが日本郵政公社からマナー研修など総額七億円近い仕事を受注していたことが明らかになっている。オリックス不動産が「かんぽの宿一括譲渡」を落札したことに端を発したかんぽの宿騒動で、宮内氏が渦中の人になったことは記憶に新しいところだ。郵政事業にからんで両氏が仲良く登場してきたのは偶然だろうか。
 かんぽの宿一括売却はまさに郵政資産の民間市場への放出だが、郵政資産の売却には前史がある。日本郵政公社(郵政公社)時代の不動産の大量売却だ。
 郵政公社は二〇〇三年四月に発足した。政府が全額出資する国営企業で、郵政事業庁から郵便、郵便貯金、簡易保険を引き継いだものの、四年前の「郵政選挙」で小泉政権が大勝したことで短命に終わる。郵政事業は株式会社にゆだねられることになったからだ。
 日本郵政株式会社にとって替わられる形で郵政公社は○七年九月に解散した。活動期問はわずか四年半だったが、この問、保有する不動産を大量に売りさばいていた。売却した不動産は優に六〇〇件を超える。北は北海道から南は沖縄まで、土地や建物を短期問に大量に売れたのは、「バルクセール」という売却手法に依るところが大きい。たくさんの不動産をひとまとめにして売る方法だ。
 もともと不良資産を大量に抱えた銀行が不良資産の処理を迅速に進めるために用いた方法で、買い手のつきにくい不良物件と資産価値の高い物件を抱き合わせて売りに出す。アメリカでも日本でも、不良債権問題が深刻化した時期、不良資産を金融機関から早く切り離すための資産流動化策が打ち出され、バルクセールなどの取引がしやすくなるよう制度的な環境が整えられた。
 もっとも、郵政公社がバルクセールで売却した不動産は全国各地の社宅や郵便局舎建て替え用地などで、東京や大阪あるいは地方都市の一等地もたくさん含まれる。不良資裡の処分と同じ方法を逃んだのはなぜか、じつはその経緯はいまひとつはっきりしない。
 二〇〇四年一〇月、郵政公社は唐突に「不動産売却促進委員会」なるものをたち上げている。郵政公社の高橋俊裕福総裁が委員長、執行役貝七人が委員という構成だ。初会合の議事録には、委員の奇妙な発言が記されている。
 「この委員会で何を決めるのか。バルク売却することを決定するのか。なぜバルク売却するのか」
 こうした発言が出たのは、初会合でいきなり「バルクセールの必要性」を説く資料が委員に配られたからだ。資料を作成した事務局は不動産売却を批当する施設部門。「売れ残しをなくすために行う。資料の売れ筋欄にあるようになかなか売れない物件もある。これを売れやすい物件と併せて売却する予定」と説明。しかし別の委員だちからも、「情報公開はどうするのか」「売却物件の全体額はいくらか。データとしてないのか」などの声が相次いでいる。ちなみに高橘委員長は出張で欠席している。

リクルートコスモスが三回落札

 結局、郵政公社は大型バルクセールを三回実施する。ひとまとめで売りに出した不動産は○五年三月が六〇件、○六年三月が一八六件、そして◯七年三月に一七八件。合計四二四件で売却総額は五〇〇億円近くにのぼる。驚くことに、すべて同じ企業グループが落札している。リクルートコスモス(現在「コスモス・イニシア」)を代表とするグループだ。
 郵政公社から一括購入した不動産は落札した企業グループ内で分配される。どの企業に何件渡ったかを調べると、リクルートコスモスは大きな不動産を収得してはいるものの物件数は少ない。残る多数をほかのメンバーが購人しているわけだが、転売しているケースがほとんどで、二回三回と転売が繰り返されている例も珍しくない。
 不動産の流れを追いかけると、奇妙な事実が顔をのぞかせる。郵政公礼から物件を購入したメンバー企業が購入直後に会社ごとファンドに買収されていたり、転売リレーに登場する実態のわからない会社を追跡すると有名企業が後ろに控えていたり、複雑怪奇な取引関係は民営化ビジネスの虚実を物語る。○五年三月の初めてのバルクセールからみていくことにしよう。
 入札にはリクルートコスモス、ゴールドクレスト、長谷工コーポレーションをそれぞれ代表とする三つの企業グループが参加した。売却される不動産は六〇件。リクルートコスモス・グループが一六二億円で落札した。メンバー企業と購入件数は次のとおり。
 株式会社リクルートコスモス(一件)
 株式会社リーテック(五件)
 株式会社穴吹工務店(一件)
 株式会社穴吹不動産センター(五件)
 有限会社CAM5(リクルートコスモス
          との共同購入)(二件)
 有限会社CAM6(四六件)
 グループ代表のリクルートコスモスは当時リクルートグループに屈する不動産会社。じつはこのバルクセール直後にリクルートグループから独立するのだが、詳しくはあとで述べる。リーテックはリクルートコスモス出身の社長が二〇〇〇年に設立した会社。穴吹工務店は香川県高松市が本拠で、全国でマンションの建設・販売や不動産売買などをしている。穴吹不動産センターはグループ会社だ。
 残る二つの有限会社、CAM5とCAM6はリクルートコスモスが出資した特別目的会社(SPC、特定の不動産取引のために設立された会社)。
 リクルートコスモスは大型物件を獲得してはいるものの、購人物件数は少ない。物件数でいえば、主役は全体の七七%にあたる四六件を単独で手に入れたCAM6だ。
 CAM6について、リクルートコスモスは「弊社が設立したSPCに相違ない」という関係証明書を郵政公社に提出している。ところが郵政公社から不動産を購入した直後に、ケネディクスという企業に出資持分の五〇%を取得されている。ケネディクスの関連会社になったわけだが、まもなくケネディクスはCAM6を「スティルウォーター・インベストメント」と改称し、郵政不動産を次々と転売していく。
 ケネディクスは米国の大手不動産会社ケネディ・ウィルソン・インクの日本の拠点として九五年に設立された。不動産や不良債権への投資を行っている。
 CAM6はバルクセール前に設立されたが、設立時から取締役(代表者)はケネディクスの中堅幹部社員で、郵政公社のバルクセールにケネディクスが投資することはあらかじめ決まっていたとみていい。
 CAM6の取締役にはあとから米国穀物メジャー・力-ギルの関係者も就任しているので、カーギル側からも出資を受けている可能性がある。

資金源はオリックス

 CAM6が購入した不動産を調べてみて、意外なことがわかった。購入した不動産四六件のうち二二件がオリックスの担保に入っていたのである。
 福岡香椎用地(郵政公社の評価額約二七億円)、神奈川県葉山用地(同約一八億円)、北海道函館用地(同約九億円)はいずれも極度額二八億八〇〇〇万円の根抵当権を売買日に仮登記。小さな物件はまとめて共同担保にしている。
 CAM6が郵政公社の不動産を大量に買い付けることができたのは、オリックスが資金を提供していたからだった。
 落札した企業グループにオリックスは入っていないけれども、全体のスキームのなかにあらかじめ参加していたとみなしていいだろう。表には顔を見せない資金提供者だ。いずれにしても、かんぽの宿問題の四年も前から、オリックスは郵政資産ビジネスと関わりをもっていたことになる。
 リクルートコスモスは郵政公社の初めてのバルクセールを落札した二ヵ月後、リクルートグループからの独立を発表する。ユニゾン・キャピタルが運営する三つのファンドが九〇億円を出資、ユニゾンはリクルートコスモスの六〇%強の株を保有して筆頭株主になり、経営権を掌握する。
 ユニゾン・キャピタルの創業者で代表の江原仲好氏はゴールドマン・サックスで活躍した経歴をもち、同社勤務峙代に日本人として初めてパートナーに選ばれている。
 ところで、オリックスがリクルートコスモスと資本関係をもつのもリクルートグループから独立したときからで、優先株を引き受けて二〇億円を出資している。
 ユニゾン・キャピタルのほうとも接点がある。ちょうどリクルートコスモスの経営権を握るころ、ユニゾン・キャピタルは経営への助言機関「エグゼクティブ・カウンシル」を社内に設け、メンバーのひとりとして宮内義彦氏を迎え入れた。
 リクルートコスモスはリクルートグループから独立したあとも、郵政公社のバルクセールを立て続けに落札していく。
 参議院で郵政関連法案が否決された後、「郵政民営化の是非を問う」と訴える小泉総理が衆議院を解散、○五年九月の総選挙で大勝した。郵政関連法案の作成を一手に取り仕切った竹中平蔵郵政民営化担当大臣は総務大臣を兼任することになり、郵政公社を所管する総務省に乗り込む。大臣は郵政公社の資産売却に関する権限も持っていて、二億円以上の資産を売却する場合、郵政公社は総務大臣の認可を受けなければならない。
 完璧な郵政民営化体制が敷かれるなかで実施された○六年三月の郵政公社のバルクセールは、最大規模のものとなった。一括売却された不動産は一回目の三倍を上回る一八六件。当時郵政公社で資産売却を担当していた関係者は、売却リストにたくさんの社宅が入っているのを発見して驚いたという。
 「どうしてこんなに社宅を売るのかと同僚に聞いたら、社宅売却計画があるとかで、その初年度なんだといってました。いつそんな計画ができたのかはわかりません」
 郵政公社の当時の内部資料を見ると、二回目のバルクセールの核となる目玉物件が記されている。たとえば東京では「国分寺泉町社宅用地」「旧赤坂一号社宅」「旧中目黒三丁目社宅」などが挙げられているが、いずれも地価がきわめて高い。入札前から問い合わせが殺到したといい、実際、入札には一一社が参加した。住友不動産、野村不動産、丸紅などのほか、オリックス・リアルエステート(現オリックス不動産)なども参加している。結果は、リクルートコスモスのグループが再び落札。落札額は二一二億円だった。
 株式会社リクルートコスモス(三件)
 有限会社CAM7(一三七件)
 株式会社穴吹工務店(一件)
 株式会社穴吹不動産センター(七件)
 有限会社G7-1二〇件)
 有限会社G7- 2(リクルートコスモス
          と共同膨人)(二八件)

郵政資産転がし

 CAM7はリクルートコスモスが出資するSPC、G7-1とG7-2は一回目のメンバーだったリーテックが出資するSPC。全体を見渡してみると、CAM7が大量購入していることがわかる。ところがCAM7はこの後、会社ごと買収される。リサ・パートナーズという投資ファンドが全出資持分を買い取り、会社を丸ごと買い取ることで一三七件の不動産を手に入れた。
 そして、リサ・パートナーズは一三七件のうち一件だけを個人に売却したあと、一三六件を別の会社に一括売却している。購入してからわずか三ヵ月のちに再びバルクセールで転売しているわけだ。
 リサ・パートナーズが一括売却した先は有限会社ティー・ジー・ファンド。聞きなれない名前の会社だが、有限会社ティー・ジー・ファンドはさらに法人や個人に転売し、ほぼ全物件を売り抜けている。まるで「郵政資産転がし」といってもいいような見事な転売リレーが成立している。
 リサ・パートナーズは旧日本長期信用銀行出身の井無田敦氏が九八年に設立した投資ファンドで、取引直前の○五年一二月に東証一部に上場している。○六年一二月期の中間決算書をみると、不動産の主要販売先として有限会社ティー・ジー・ファンドが特記されていて、販売額は一三億七八〇〇万円とある。

謎の有限会社

 リサ・パートナーズは、CAM7を会社ごと買収し、手に入れた郵政物件一三六件を有限会社ティー・ジー・ファンドに一三億七八〇〇万円で転売した。この売却額は、郵政公社の評価額を基準にすれば、破格の安さだ。
 郵政公社の評価では一三六件の合計は約二三億円。有限会社ティー・ジー・ファンドは四割引きで購人した計算になる。転売でかなり儲けたのだろうか。そもそもこの有限会社は何者なのか。連絡をとろうにも、会社のウェブサイトもなくNTTの電話帳にも記載はない。

ゴールドマン・サックスのファンド

 そこで、同社から不動産を購人した人をあたってたずねてみることにした。東海地方の郵便局用地を買った個人宅に電話をすると。
 「じつは、こんな田舎の不動産を東京の名前を聞いたこともない会社が本当に所有しているのか不安になりましてね。うちの主人が束京に出張したおり会社をこっそり見にいったんです。きちんと表札が掲げてあったのでうその話ではないんだなと」
 東北地方の不動産会社の担当者は、「値段は妥当だけど、郵政公社が売った土地の転売ですよね。会社が匿名を希望しているみたいなへんな名前だし、なにか事情があるのかなとは思いました」
 話を聞いてみてわかったのは、東急リバブルが仲介したケースが多いこと、不動産を買った当人も売り主ティー・ジー・ファンドについての情報はほとんどもちあわせていないということ。あらためてティー・ジー・ファンドの代表者を調べた結果、ゴールドマン・サックス・リアルティ・ジャパンの社員であることがわかった。
 有限会社ティー・ジー・ファンドは米国の大手投資銀行ゴールドマン・サックスの会社だった。正確にいえば、投資のための資金はゴールドマン・サックス・グループの不動産投資ファンド「ホワイトホール」から出ている。有限会社ティー・ジー・ファンドは不動産投資する際の受け皿にすぎないので、資本金三〇〇万円で専属の社員はいない。
 なぜゴールドマン・サックスが郵政資産の転売リレーなどに参加したのだろう。問い合わせてみたが、個別取引については答えられないとのこと。事情に詳しい金融関係者は郵政資産の転売では大きな利益はあげていないともいうが、正確なところはわからない。
 よくわからないのはリサ・パートナーズ経由で購入していることだ。ファンド関係者に意見を求めると。
 「ゴールドマン・サックスは何か事情があって表に名前を出したくなかったんでしょうね。リサはゴールドマンへの転売を前提に買っているはず。この世界はみんなお友達みたいなもので、貸し借りはありますから」
 ティー・ジー・ファンドから不動産を買った人で売買時に「ゴールドマン・サックス」の名前を耳にした人はいない。ライブドア事件の余波でファンドや外資への風あたりが強かったからだろうか。それにしても、不動産を売る相手にさえ正体を明かさないのだから不思議としかいいようがない。
 オリックスについてもふれておかなければならない。不動産の分配状況をみると、G7-1とG7-2が目玉物件を多数手に入れていることが目を引く。郵政公社は内部資料でバルクセールの核となる優良物件一四件を特記しているが、そのうちG7-1が四件、G7-2が六件を購入している。リーテックの子会社二社が一四件の優良物件のうち一〇件までを押さえ気いるわけだ。 不動産登記を調べてみると、ここでもオリックスが顔を出す。じつは、G7-1とG7-2は郵政公社から不動産を購入してからおよそ半年後の一〇月一日、リーテックに吸収合併されている。
 オリックスは合併直前に、G7-1が郵政公社から買い入れた優良不動産を担保にして、リーテックに融資している。オリックスが共同担保の形で担保にとったのは「旧赤坂一号社宅」「旧中目黒三丁目社宅」「旧沼部三号社宅」など。優良物件リストの不動産ばかりだ。
 リーテックに吸収される前、G7-1の保有物件には三井住友銀行や東京スター銀行が担保権を設定していた。融資を肩代わりする形でオリックスが入ってきて、優良物件を担保にとっている。

赤坂六丁目プロジェクト

 オリックスとリーテックはこのあと関係を深めていく。オリックスが資金を提供しリーテックが土地を購入するという共同作業で進めたのが赤坂六丁目のプロジェクトだ。郵政公社から手に入れた旧赤坂一号社宅周辺の土地買い集めに動いたのである。
 旧赤坂一号社宅は日本銀行氷川寮に隣接する都心の一等地。「(オリックスはリーテックに)赤坂だけで五〇億円以上出してくれている」(リーテック)というから、相当力を入れたプロジェクトだったのだろう。
 ○七年九月に企業が所有する三七六㎡の土地、○八年三月には独立行政法人水資源機構が所有していた二四五㎡の土地といった具合に、リーテックはオリックスから資金提供を受けながら次々と近隣の土地を買い進めた。
 リーテックによると、赤坂六丁目のこれらの土地は不動産市況が冷え込む前は一〇〇億円以上の鑑定評価が出ていたという。旧赤坂一号社宅の郵政公社の評価額は五億円あまりだから二〇倍以上の金額だ。
 現場を訪れてみると、リーテックとオリックスが組んで進めてきたプロジェクトがどこの土地かはすぐにわかった。郵政公社が売った旧赤坂一号社宅はすでに建物はなく原っぱのような空き地。水資源機構からリーテックが購入した土地には寮のような建物は建っているが、人の出入りはない。
 旧赤坂一号社宅前で近所の住人に聞いてみると、
 「リクルートが買ったんですよ」
 リクルートコスモスと思い違いしているようだが、リーテックとオリックスについてはまったく知らないようで名前を聞いてもきょとんとしていた。

民営化ビジネスの虚実

 関係図(五二ページ)を見ながらあらためて考えてみると、影の部分、ゴールドマンーサックスやリサ・パートナーズやオリックスが取引している領域はまるで見えない領域ででもあるかのようだ。
 ティー・ジー・ファンドから不動産を買った人はゴールドマン・サックスが見えていないし、赤坂六丁目プロジェクトの隣に住む人はオリックスもリーテックも知らない。
 郵政公社が一八六件の不動産を引き渡し、六社グループが二一二億円を支払う。二本の矢印であらわされた動きだけを「官から民へ」と捉えると、全体像は見えない。ビジネスの領域は影の部分まで広がっているからである。
 「郵政利権」が醸成されるのなら、不可視の領域にこそ目をこらさなければならない。

高橋副総裁の懸念

 じつをいうと、二回目のバルクセールが終わった直後に、郵政公社幹部が懸念の声をもらしている。三月二〇日に開かれた「不動産処分検討委員会」の席上だ。委員長を務める郵政公社の高橋福総裁は。
 「昨年のバルクでは、リクルートは転売して相当儲けたと闘いている。クルーピンクの方法やもっと高く売れる方法を考える必要がある」
 と発言している。「昨年のバルク」とは一回目、「リクルート」はリクルートコスモスのグループのことだ。どのような意図で発言をしたのか、高橘氏に直接たずねてみると。
 「郵政公社の内部では『バルクセールはうまくいった』という話になっていたんですよ。しかし外部の不動産関係者に聞いてみたところ、彼ら(落札企業グループ)は損なんかしてませんよ、といわれた。『高く売った』といっているけど本当なのか、もっとやり方を考える必要があるんじゃないかということでああいう発言をしたわけです」
 外部の不動産関係者が「転売で儲けている」ことを知っていたのだから、業界の一部で噂になっていたのかもしれない。
 不思議なことに、高橋副総裁がかなり踏み込んで疑問を呈したのにもかかわらず、特段の改善策も講じられないまま三回目のバルクセールが実施され、やはりコスモスイニシア(旧リクルートコスモス)のグループが落札している。売却された不動産は一七八件、売却額は一一五億円だった。
 ◯七年二月のバルクセールに関わった関係者が解説した。
 「バルクセールが成立するのかどうか心配でした。優良物件が少なかったし、不動産業界も二回目のときのようなイケイケドンドンの雰囲気はまったくなかった。どこのマンションに売れ残りがでたとかいう話が聞こえてきたりして」
 小泉政権を引き継いだばかりの安倍政権下で三回目のバルクセールは実施されたが、投資ファンドの影は消えた。一方で、三度も連続して同一企業グループが落札した気のゆるみからなのか、おかしなことが頻出している。
 たとえば、入札に参加した企業の顔ぶれ。コスモスイニシア(旧リクルートコスモス)グループと、有限会社駿河ホールディングスと合同会社CKRF4の二社グループの二グループのみの入札だったが、CKRF4の代表は一回目でリクルートコスモスのグループに入っていたCAM6の代表と同じ人物。前にも述べたようにケネディクスの社員だ。駿河ホールディングスの代表にいたっては、読売新聞の収材に「名義貸しだけなので、入札についてはわからない」と、名前を貸しただけであることを認める発言をしている。
 おかしなことはほかにもある。バルクセールの仲介をしていた中央三井信託銀行は入札前に、落札企業が転売する相手先を探して購入希望価格まで聞きだしていた。
 鳥取県の岩井簡易保険保養センターについて、東京都内のある不動産業者は中央三井信託銀行の担当者から「いくらか」と聞かれ、「三〇〇〇万円」と答えた。買い付け証明まで提出したが、入札前に再び「六〇〇〇万円にならないか」と打診された。のちに、リーテックの子会社の有限会社レッドスロープがたったの一万円で郵政公社から購入し、地元の福祉施設に六〇〇〇万円で転売していたことを知ったという。

ファンドの時代の終焉

 オリックスとリーテックが二人三脚で進めた赤坂六丁目プロジェクトの後日談になる。もともと郵政資産「旧赤坂一号社宅」をリーテック子会礼のG7-1が手に入れたところからスタートした郵政ビジネス。オリックスから軍資金を得てリーテックが周辺地を買い進めたことはすでにのべた。
 土地の所有権はリーテックにあるのだが、登記を確認すると、すべての不動産にオリックスが「代物弁済予約」を○八年九月末に設定している。リーマン・ブラザーズが破綻した直後だ。
 カネが返せなくなれば土地はもらうというわけだが、リーマン・ショックを境に、プロジェクトに黄信号が点っていることを物語っている。そもそもオリックス自身、一時株価が急落し、いまも厳しい状況におかれている。
 郵政公社のバルクセールをすべて落札したコスモスイニシア(旧リクルートコスモス)は多額の債務超過に陥って今年四月、私的整理の新手法である事業再生ADRを申請した。
 郵政公社のバルクセールを振り返ると、小泉政権下で実施された一回目、二回目は投資ファンドが触手を伸ばしてきたのに、安倍政権下の三回目になるとファンドの影は消えていた。それはひとつの予兆であり、不良債権ビジネスの手法を延長して民営化事業を推し進めることが難しくなっていることを示していた。そしてリーマン・ショックがとどめを刺す。投資ファンド時代の終焉である。
 かんぽの宿問題では、一括譲渡を落札したオリックスに鳩山邦夫総務大臣が待ったをかけた。郵政民営化劇の監督兼脚本家、竹中平蔵慶大教授は強く反発し、「かんぽの宿は不良債権」と言い切った。郵政民営化事業の根底に横たわる発想が口をついて出てきたのだろう。
 結果、鳩山大臣は更迭され、西川善文氏は日本郵政株式会社の社長の椅子にとどまった。小泉構造改革推進派がところを替えてすさまじい抵抗勢力となり、西川社長を守りきったのである。
 政局の次元では彼らは巻き返しに成功したけれども、しかし金融資本の流れにまかせ、すべてを洗い流してもらおうという金融資本による改革の時代はたしかに終焉した。はしなくも郵政民営化ビジネスの現状が証明している。

雑誌「世界」 10月号より

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Market and Corruption

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佐々木実著。1995円、八年間に及ぶ渾身の取材に基づくノンフィクション。構造改革の虚妄の背後の闇を書き尽くしている。当方ブログの読者の皆様、必読の図書として、また、日本国家の行く末を考える指南書として、一冊求めて、熟読玩味することを心からお勧めいたします。左側の参考図書館にリンクを掲出しましたので、ご活用ください。


Nakoso

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Kuroshio Culture and Tradition II

黒潮文明の旅をとぼとぼと続けている。67号から後をひとつのリストにしてみた。当方ブログのささやかな人生の探求である。ご一読を賜りたい。時々コメントなどを頂戴出来れば幸いである。

67 http://tokyonotes.cocolog-nifty.com/blog/2012/03/kuroshio-67.html

68 http://tokyonotes.cocolog-nifty.com/blog/2012/04/kuroshio-68.html

69 http://tokyonotes.cocolog-nifty.com/blog/2012/04/kuroshio-69.html

70 http://tokyonotes.cocolog-nifty.com/blog/2012/05/kuroshio-70.html

71 http://tokyonotes.cocolog-nifty.com/blog/2012/05/kuroshio-71.html

72 http://tokyonotes.cocolog-nifty.com/blog/2012/06/kuroshio-72.html

73 http://tokyonotes.cocolog-nifty.com/blog/2012/06/kuroshio-73.html

74 http://tokyonotes.cocolog-nifty.com/blog/2012/07/kuroshio-74.html

75 http://tokyonotes.cocolog-nifty.com/blog/2012/07/kuroshio-75.html

76 http://tokyonotes.cocolog-nifty.com/blog/2012/08/kuroshio-76.html

77 http://tokyonotes.cocolog-nifty.com/blog/2012/09/kuroshio-77.html

78 http://tokyonotes.cocolog-nifty.com/blog/2012/09/kuroshio-78.html

79 http://tokyonotes.cocolog-nifty.com/blog/2012/10/kuroshio-79.html

80 http://tokyonotes.cocolog-nifty.com/blog/2012/10/kuroshio-80.html

81 http://tokyonotes.cocolog-nifty.com/blog/2012/11/kuroshio-81.html

82 http://tokyonotes.cocolog-nifty.com/blog/2012/11/kuroshio-82.html

83 http://tokyonotes.cocolog-nifty.com/blog/2012/12/kuroshio-83.html

84 http://tokyonotes.cocolog-nifty.com/blog/2012/12/kuroshio-84.html

85 http://tokyonotes.cocolog-nifty.com/blog/2013/01/kuroshio-85.html

86 http://tokyonotes.cocolog-nifty.com/blog/2013/02/kuroshio-86.html

87 http://tokyonotes.cocolog-nifty.com/blog/2013/02/kuroshio-87.html

88 http://tokyonotes.cocolog-nifty.com/blog/2013/03/kuroshio-88.html

89 http://tokyonotes.cocolog-nifty.com/blog/2013/03/kuroshio-89.html

90 http://tokyonotes.cocolog-nifty.com/blog/2013/04/kurosio-90.html

91 http://tokyonotes.cocolog-nifty.com/blog/2013/04/kuroshio-91.html

92 http://tokyonotes.cocolog-nifty.com/blog/2013/05/kuroshio-92.html

○の中に、数字を書くやり方がまだ判らないので○なしになっている。読者でご存じの方がおられれば,ご教示方お願いしたい

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Kuroshio 92

タブノキ探訪記

 Kuroshio 91で、タブノキの全国分布を一覧したが、もとよりごく一部を掲載したのみである。早速、越後の光兎山の麓の関川村に住む畏友、大島文雄氏から、タブノキ情報の提供があった。新潟県村上市のイヨボヤ会館の側を流れる三(み)面川(おもて)は下流二キロ地点で日本海に注ぐが、その河口に多岐神社(たきじんじや)があり、義経主従が奥州に落ち延びるときに休んで、武蔵坊弁慶が「観潮閣」と名付けたと言われ、境内に大きなタブノキがあるとの情報である。しかも、三面川には他にもタブノキの森があり、タブノキの匂いを求めサケが海から帰ってくるとの伝承もあるとの指摘で、魚を寄せるというタブノキの新たな効用を知った。多岐神社について、羽賀一蔵(元豊栄山岳会会長)著『越後の海岸路を歩く』(二〇〇一年六月)を紹介していただいた。地況を的確に説明しているので、その一部を引用する。

(以下引用) (前略)国道から岩ケ崎集落の海岸通りに回り込み、目の下の三面川を目がけて坂道を下る。この坂の上には「岩ケ崎遺跡」がある。(略)背後は山に囲まれ、山の幸に恵まれ、三面川の河口を扼した地点であってみれば、外敵を見張るにも海や川の幸もまた豊かに手にすることが出来たはずだ。(略)道路の右、川に面した林の中には「明治四四年魚つき保安林指定」と書かれた木の柱が立っていた。古い明治のころに既に魚つき林とした先賢のすばらしい思想と、すぐ道路上のブル開発とは、私の頭の中には俄には結びつかない。(略)たたたあーっと坂を下って一二時。三面川の河口にある赤い神社「多岐神社(たきじんじゃ)」に足を延ばした。前々から何時か行ってみたいと望見していた滝の前の河口にある社殿である。三面川河口右岸に沿った細い岩道を辿った一番突端に、その社殿はある。法務大臣稲葉修の揮毫による「多岐神社」の扁額がある。由緒を読むと、どうしてどうして、延喜式内社で多岐津姫(たきつひめ)を祀ってあるのだという。「多岐津比売命」とはどういう神様か知らないが、家に帰って調べてみると、何と「天照大神と弟の須佐之男命が天乃安河原で誓約したおりに、天照大神が弟神の十拳の剣(とつかのつるぎ)を噛んで吹き捨てた。その天照大神の息から最初に生まれた女神で、名は安河の瀬の速い様を示したもの」だという。そうだとすると、ここもまた三面の瀬の速い河口であって、誠にこの神様の住むにふさわしい処だということができるだろう。(略)海と川の境目におきる三角波を眺めながらだと、豪華なランチとなる。その光る三角波を砕いて、今一艘の船外機ボートが海に乗り出して行った。上に下に揺られながら出て行くボートの航跡が、三角波にすぐに消された。(略)滝の前の岸辺に数人の老人たちがイサザ(しろうお)捕りの網を張っている。こういう魚を誘うような形の網を張るイサザ捕りは初めて見た。(ここまで引用)

 奄美・徳之島出身の親戚筋が、埼玉県の越谷市で整形外科を開業しており、病院を新築落成させた祝宴に招かれ出かけた。北千住から東武線に乗り換えて都内から二時間足らずで着いた。越ヶ谷久伊豆神社(ひさいづじんじや)の森にタブノキがあると聞いていたので、地元のロータリークラブの会員のご案内で、落成式の祝いの幕間を抜け出して、タブノキ探訪に出かけた。なるほど、元荒川から参道が神社の本殿まで伸びていて、その間が森になっている。藤も今を盛りと咲いていた。久伊豆神社は、元荒川沿いに岩槻久伊豆神社などいくつかあり、埼玉県加須市(騎西地域)にある己貴命を主祭神とする玉敷神社が各地の久伊豆神社の総本社である。越ヶ谷久伊豆神社の本殿の裏手に、パラオのコロール島にあった「南洋神社」を遙拝する社がある。土屋義彦元埼玉県知事が遺骨収集団団長としてパラオを訪問していて交流が深く建立された。平成一六年四月の竣工祭にはパラオのレメンゲサウ大統領が出席している。元荒川が南洋群島に繋がる。久伊豆神社は、そもそも伊勢神宮との関係が深く、北畠親房が伊勢と筑波とを往来したように、伊勢と関東の越谷とがつながっていて、出雲との係累もあり、黒潮の民の交流を実証している。筆者は、最新鋭の医療で地域医療に貢献しようとする、もとは南方同胞の若手医師の志に呼応して、タブノキのように地域社会に深く根を下ろし、仁術満堂となることを祈ると手短に挨拶した。越谷小学校の校庭にタブノキがあるというので見に行ったが、隣の高層アパートの庭にそれらしき大木があった。越谷市相模町にある大聖寺の境内にもタブノキの大木があり、市の天然記念物になっている。越谷は外来者を余所者と排除しないで歓迎する気風に富むと、地元ロータリークラブの会員から聞いた。タブノキは黒潮文明の南方から発出して、関東平野に根付くべく元荒川を遡り、久伊豆神社に根を下ろした。

 皇居外苑の楠正成銅像の左斜め後ろに一本のタブノキが植わっている。東御苑や北の丸公園のタブノキは、まだ機会がなく実見していない。 (つづく)

Market and Political Power

まだ、読んではいない。昨日4月30日の日付けで、講談社から、「市場と権力」、副題が、「「改革」に憑かれた経済学者の肖像、と題する単行本が出版された。税別の定価が1900円、334頁の堂々たる単行本である。帯には、経済学者、国会議員、企業経営者の顔を使い分け、”外圧”を利用して郵政民営化など「改革」路線を推し進めた竹中平蔵が次に狙うものは!?と、人名の部分を朱色で大きな活字にしている。

著者は、佐々木実氏で、8年に及ぶ丹念な取材がなされている渾身のノンフィクションとなったことは間違いない。ベストセラーになるかどうかは別にして、小泉・竹中政治と呼ばれた狂った時代の総括として、ご一読を勧める。著者は、廃刊になる直前の月刊現代に、優れた特集記事を掲載していたことで、注目していた。もともと日本経済新聞記者であったが、8年前にやめて、今はフリーランスとなっている。

当方ブログの読書の皆様には、必読の図書としてお勧めしたい。近年にない渾身の傑作である。

左の参考図書館にリンクを貼っておきます。

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