Kuroshio 94
異郷に根付くタブノキと島人(シマッチュ)
タブノキが皇居前広場の楠木正成像の左後にあることは確かめたが、皇居の中に植わっているかどうか気がかりになった。一般に公開されている東御苑にあるか否か、新装のパレスホテルの地下道を抜けお堀の端に出て大手門から苑内に入りタブノキを探してみた。
東御苑には千代田城と呼ばれたころの本丸の跡が残る。明治天皇の皇居は千代田城の西の丸に宮殿が作られたから、今の東御苑の方が、幕府の本拠地たる千代田城の本丸としては重要な場所であった。天守閣があり、将軍の日常生活の場所であった大奥も今の東御苑にあった。忠臣蔵の刃傷沙汰の舞台となった松の廊下のあった御殿も本丸にあったから、東御苑に跡地が残る。東御苑に一歩足を踏みいれると、東京の大都会の喧噪からは想像もできないような自然の豊かさが支配している。全国各地を代表する木が植えられている森があり、小鳥のさえずりがこだまするような美林が造られている。入場は無料で、プラスチックの入場証が渡され帰りにそれを返却することで退園を確認することになっているが、江戸時代そのままの百人番所が残り、また千代田城の精緻な石組みが美しく残る石垣が連なって、最高の庭園となっている。内外の観光客がカメラを携えて訪れる日本を代表する観光地ともなっている。天守閣のあった本丸は大手門のある場所からも一段と高く、土盛りがなされた高台となっている。本丸は坂を登って入る地形に設計されている。
汐見坂が本丸北東の出入口となっているが、何と、その坂を登り切った右側
にタブノキの大木が植わっていることを確認することができた。ちゃんと「タ
ブノキ」と書いた木の名札も付けられていた。かつて上級職国家公務員に任官した者の初任研修の場所として、先の皇后陛下を記念する苑内の楽堂で雅楽の鑑賞会が開催されたが、その前庭には楠の大木がある。在りし日の大奥は今は整備された芝生の広場となっているが、天守閣の南側に広がる本丸に甍を連ねて、歴代の将軍の日常生活の場所として、御殿が建て込んでいたであろうことが想像される。
本丸の広場を抜けて、台地の南側の出入口として中之門がある。その下り坂の始まる左側、逆に言えば坂を登り切った右側に、タブノキの一群の叢林がある。タブノキは本丸の出入口となる二つの坂を登り切った場所の海側に、深く根を下ろして天守閣の住人の往来を外敵から守るかのようである。東御苑のタブノキは、都を守るために南九州からはるばる畿内に移り住んだとされる、海人である大隅や日向の隼人を象徴しているかとも想像する。
五月二六日に尼崎の中小企業センターで、関西天城町連合会の創立五〇周年の記念行事が開催された。今年は、奄美群島が昭和二八年に日本復帰して六〇周年の節目の年で、併せてお祝いする行事であったから、来賓として奄美全体の各郷土会の関係者も出席した。天城町は奄美群島の中央に位置する徳之島の北西部にあり、明治二〇年に天城村が造られ、大正六年に東天城村が分離して現在の境域となり、昭和三六年に調整が施行された自治体である。奄美群島が、米軍統治から祖国復帰を果たしたことは、日本で希にみる民族運動の成果であったことは、その指導者であった徳之島出身の詩人泉芳朗氏とともに忘れてはならない。
復帰後の三〇年代には、黒潮の民がホモ・モーベンスとなり、故郷の島を離
れて、多くの人口が関西地方に定住することになった。出身の集落ごとにでき
た一一の親睦会が糾合され連合会が成立したのが日本でオリンピックの開催される前年の昭和三八年である。 連合会元幹部は述懐する。
「……一九四五年八月十五日を以って終戦になったが、……なぜかアメリカ軍の統治下に置かれた。長い戦時態勢が終わり、平和を期待したのに、本土から切り離され、生き地獄は続いた。本土に渡航すれば密航者として罪人とされ、島民はまるで捕虜扱いだった。畑仕事や生活は普通に戻ったが、経済・行政・物品の流通も皆軍事態勢のままだった。……」
また、連合会の記録にはこうある。
「……思えば昭和二十八年十二月二十五日故郷奄美は本土復帰を果たし喜びしたる(ママ)間もなく昭和三十年・四十年代には、関西の工業都市に何万人という人たちが職場を求め移住され関西のどの市に行っても島の人たちが居住されてうれしく思われました。反面島と違う言葉や社会環境に中々馴染まず苦労されている人達も多く、若人の中にはホームシックで島に帰る人も事情を聞くと情報不足で、親兄弟、友人知人連絡消息不足等が一番の原因で、次は職場に溶け込めない等でした。
……郷土会の充実した集落や町村は花見・総会・運動会等によって年に二~三回逢うことが出来、お互い励ましたり慰めあったり、会によって情報が伝わると言う大事な場所で、天城町でも、昭和三十八年大阪市労働会館で近畿天城会の設立が決定……」
島人はタブノキのように異郷に根を張った。記念行事にはその先達の霊魂(マブイ)が挙って参加しているかのような幻覚を覚えたことであった。 (つづく)
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