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Kuroshio 96

ツラン文明と黒潮文明の相性

 トルコに行く機会に恵まれた。報道では、イスタンブールや首都アンカラで
大規模な反政府デモがあり、衝突して混乱が予想されるとして、心配する向き
もあった。国際空港が閉鎖される事態にならない限り日程をとり止めるほどの
心配性ではないので、予定通りに、トルコ航空機で成田を出立した。一時間遅
れで離陸したが、イスタンブールでの乗り換えも入国管理も全く渋滞はなく、
更に一時間の飛行でトルコ南西の町アンタルヤに到着した。実はトルコで一番大きな空港がアンタルヤ空港である。国内線のターミナルに加えて、国際線のターミナルが二つもある大空港だ。その理由はアンタルヤがヨーロッパ有数の保養地で、各国からの直接乗り入れる国際線の発着数が多いからだ。ヨーロッパは、日本列島がすっぽり円内にはいるのと同じ大きさだから、東京から北海道や沖縄までの路線を考えれば、ヨーロッパ内で直接都市を結ぶ空路線を設定することが合理的で、トルコの場合であればイスタンブールやアンカラなどの主要都市の空港で接続する方がかえって非効率なのだ。空港からタクシーでほぼ一時間走り四〇キロの所にある、地中海岸のリゾートホテルに投宿した。大規模な施設で、宿泊棟から海岸までには大小のプールが並び、砂浜にはパラソルが林立し、観光客が日光浴をしている。まるでヨーロッパのハワイのようだ。各国の観光客の好みに応じてホテルの様式もさまざま。私の宿泊したホテルのフロントには、時計がモスクワ時間で表示されていたから、ロシアからの客がお目当てなのだ。食事のメニューはロシア語のほか、英語とドイツ語も書かれていたが、他の言語は付け足し程度。もちろん、日本語の説明は一切なかった。日本人の観光客は歴史探訪が主な目的だから、カッパドキアやイズミール、イスタンブール旅行を目玉として、バスでトルコ全土を走り回っているのが現実であるから、ゆったりとプールの縁で読書する日本人客などもともと期待もしていない。ホテルが集合している町の名はべレックという新開地で土産物屋が建ち並んでいた。ノルウェーからの避寒客用に建売住宅も軒を連ねている。さながら、米国でニューイングランドから老人夫婦が避寒のために移住するフロリダのような観光地が再現されていた。トルコ政府の関係者が言うには、「トルコ経済が急成長する中で、階層格差よりも地域格差が問題であり、トルコ西部はヨーロッパ並みの経済水準にあるが、東部は開発途上にあり、想像を超える格差がある。その解消が課題だが、トルコの近年の台頭を快く思わない勢力が西欧にあって批判の矛先を向けてくる」のだそうだ。

 アゼルバイジャンからの客はロシア語を使わず、これ見よがしにトルコ語を
使っていたし、グルジア人はipadを持ち出して、Facebookで友達申請するから
承認してくれと言い、サウジアラビアからの令夫人はトルコで弾圧されたアル
メニア人の末裔だったから、民族衣装を着て過去の横暴を咎めるような雰囲気だった。イスラム教徒アルメニア人はサウジに亡命し、キリスト教徒アルメニ
ア人が新大陸に移住したとのことだ。エリアカザンの映画に『アメリカ・アメ
リカ』という名作があるが、アルメニア人が米国へ移住する物語である。新ロ
ーマ法王がトルコの「アルメニア人虐殺」を批判したと、新聞が第一面で書い
ていた。リビア人は「カダフィ大佐は七〇年代には英明の指導者だったが、い
つしか腐敗して独裁者となり、若者を多数殺害したことが蜂起の原因だ」と解
説してくれた。納得のいく話であった。客はアフガニスタン、イラン、イラク
からも来る。これらの国はトルコとは切っても切れない関係にある。アラブ首
長国連邦やオマーンやカタールも、またエジプトもパレスチナも、レバノンも
シリアも、かつてオスマン帝国の領土だった。

 ホテルの庭の池に錦鯉が飼われていた。「Koi」とアルファベットで書かれ
た小さな看板に気づかなければ日本との関係はわからない。不思議なことに蘇鉄がホテルの中庭に植えられ、奇麗に手入れされて林のように茂りあっている。黒潮洗う南島に繁茂する古生代からの植物がトルコ地中海岸の観光ホテルの庭木となっているのであるだ! 蘇鉄はトルコ語でパルミラという。散歩にホテルを出て二キロの場所にあるベレックの町の土産物屋を冷やかしに行った。なんと、そこではタブノキが街路樹になっているではないか! トルコ語
でタブノキの名前は何と言うのか聞いたが、要領を得ないので、わざわざハン
バーガー屋に入って鶏肉のカバブを注文しながら、しつこく尋ねたら、紙切れ
に「Teynel Aĝaç」と書いて寄こした。黒潮の浜辺に咲くハマユウが世界に広
がっているのと同じように、タブノキも地中海沿岸にまで到達したのだろう
か。潮岬で遭難したエルトゥールル号の生存者を戦艦金剛と比叡に乗せて帰国させた際に、紀州の大蘇鉄を株分けしたのだろうかなどとも妄想を巡らせた
が、ツラン文明と黒潮文明とは相性がよほど良いのだろう。(つづく)

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