Kuroshio 104
文明論的北方の視座
富山県が、環日本海の諸国と連携を図り、その中心都市となる構想を思いついたらしく、北の方角を下にして富山を地図の中心に据えるべく、南北を逆にした環日本海の地図を製作した。南半球に位置するオーストラリアが、いつも地球儀の下部にあるダウンアンダーの国ではなく、南極の地軸を上にすると地図の上部に印刷される。南を上にした地図を製作して、土産物屋などで販売している。確かに、日本列島から大陸を眺めるのと、シベリアから日本列島を眺めるのでは、およそ考え方が異なってくるから、興味深い。北から見ると、環日本海のロシア沿岸に、ウラジオストックが扇の要の場所にある。日本列島側で、富山の伏木港がその対置になっている。日本海に留まらず、ロシアの船舶がウラジオストックから出港して太平洋に抜けるためには、対馬海峡はもとより、津軽海峡と宗谷海峡を抜けなければならず、日本列島が大きく立ちはだかっている。日露の関係が良好であれば、いずれも国際海峡であるから、何ら問題は発生しないだろう。ロシアがウラジオストックの不凍港を完成させた時には、日露関係が平和裡に推移することを前提として、駿河台のニコライ堂の鐘が平和を鳴り響かせるかのように、樺太と千島列島とを平和的に交換したはずだったのではないだろうか。後に樺太に石油や天然ガスの資源が見つかったから結果はロシア側に有利になったにせよ、少なくとも当時は、漁業の観点からは千島列島の方が大切であったから、ロシア側は、その点からも領土交渉に鷹揚であったことが想像される。ウラジオストックはヴラジ・ヴォストクで「東方征服」の意味であるから、シベリア鉄道の終点となり、そこでユーラシアの大帝国としてのロシアの終端ができたと考えたらしいことは、日本との友好関係が永続できることを前提とした戦略をとっていた可能性はある。しかし、大艦隊をヨーロッパから、アジアに移動させて本当にヴラジ・ヴォストクの艦隊となる直前に、日英同盟の下で最新鋭の無線技術等を装備した日本の連合艦隊に迎撃された。こうしてロシア帝国の滅亡と革命の引金が引かれた。
ソルジェニツィンが米国に亡命して、ハーバード大学の卒業式で講演したことがあったが、米国の雰囲気よりもパリのカテドラルの方が似合うとした意見もあったことを思い出す。ニコライ・ベルジャーエフの全集が日本語に翻訳され広く読まれたのもその頃だったか。アンドレ・アマルリク氏は、ボストン郊外ケンブリッジの町に夫人共々亡命生活を送っていたが、ハーパーズ社から、オーウェルの『一九八四』の題名をもじってソ連が一九八四年まで生き延びるかどうかの議論を展開する単行本を出版し話題となった。同氏がシベリア追放になった時の収容所は、カムチャッカのマガダンにあったと聞いた時に、ロシアにとって戦略的に最重要な場所は、ウラジオストックではなく、むしろマガダンであったことを想像して然るべきであったが、筆者にその想像力はなかった。
不凍港でありながら、艦艇行動の制約を受けるウラジオストックよりも、地
理的に北米に最も近く、しかも日本から奪取した千島列島に入口を守られて、米国艦隊の侵入が困難となったオホーツク海の海底深くに大陸間弾道弾を搭載した原子力潜水艦を配置することにより、米ソの恐怖の均衡を保つことにソ連は成功した。マガダンの地位が既に日本海の不凍港たるウラジオストックの地位を凌駕していることを、アマルリク氏の流刑地がマガダンであることが見事に象徴していたのだ。後に大韓航空の旅客機がソ連の戦闘機によって撃墜される事件が発生したが、これも日本海というよりはオホーツク海がソ連原子力潜水艦が潜伏する米ソ対立のなかでの最も戦略的に重要な海域であることから、ソ連空軍が遠慮手加減することなく民間航空機を撃墜した可能性を想像させる。
現在の日本政府の北方領土についてのロシアに対する要求は、択捉国後は千島列島に含まれないから、歯舞色丹だけではなく四島を返還せよとの要求だが、樺太については、日露戦争の結果として南樺太の領有権を日本が取得したのだから放棄することがあったにしても、カムチャッカ半島までの千島列島は平和裡に日本領になったことであり、サンフランシスコ講和条約で放棄させられたこと自体が不明である。説得力のない四島に限定した領土要求が戦後日本政府の要求になっているが、これは、サンフランシスコで千島列島をソ連に引き渡しオホーツク海の完全支配を容認することで逆にウラジオストックのソ連海軍の行動を制約できると考えていたと見るのは、穿ち過ぎであろうか。当時はノーチラス号建造を間近にして原子力潜水艦の技術がロシアを凌駕しており、北極海を含めて長期にわたって潜行する技術が圧倒的であると考えられ、係争もなく日本領であった千島列島をスターリンに差し出すことにためらいのなかったことは、満洲国を難なくコミンテルンの影響下にあった中国共産党に差し出したことと軌を一にしている。米ソ蜜月の名残りが講和条約に残った。
(つづく)
« Tyranny and Totalitarian Control | トップページ | True Villain »
この記事へのコメントは終了しました。
« Tyranny and Totalitarian Control | トップページ | True Villain »
コメント