構造改革、民営化、市場原理主義の虚妄から、マインドコントロールを解くための参考図書館

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2014年4月

Prior Notice

元、日本郵便副会長、常任顧問の稲村公望さんが、3月末で退任されました。
今回、スペシャルゲストも招いての「公望さん船出の会+語る会」を開催いたします。

・趣旨とコンセプト:
 1)【公望さん船出の会+語る会+α】というタイトル通りに
   和気あいあいと運営いたします。
 2)会社や政治家のパーティーのようなものではなく、「公望さんと語る」を
   コンセプトといたします。
 3)特定の人にだけ意味のあるようなご挨拶などは無くし、公望さんのご指名
   によるコメントなどなど。
 4)全ては「公望さんと集まった皆さんの語らい」をメインとします。
 5)2時間という、短い宴ではありますが、余興も募集いたします。
   我こそは!という、ご同郷の皆さまには是非ともご協力のほどよろしく
   お願いいたします!。(島唄の演奏者、歌い手など大募集!)

<確定スケジュール>
・日時:5月30(金)
・開場/受付開始:18時15分より
・船出の会 開宴:18時45分~20時45まで
・会場:神田明神内「明神会館」地下1階(斜面のB1ですので、窓もあります)
・住所:〒101-0021 東京都千代田区外神田2-16-2 明神会館
・交通:・JR「御茶ノ水駅」聖橋出口より徒歩5分
  ※ 必ず「聖橋口」より出てください。
    交番がある方です。御茶ノ水橋口ではありません。
 東京メトロ千代田線「新御茶ノ水駅」B2出口より徒歩5分
 東京メトロ丸ノ内線「新御茶ノ水駅」より徒歩5分
 東京メトロ銀座線「末広町駅」3番出口より徒歩5分
 JR「秋葉原駅」電気街口より徒歩7分
・会費:8千円(和洋ヴッフェで立食形式、時間内飲料は飲み放題)
  ※ 公望さんの御意思に反して、高めとなってしまいましたが
    場所が場所だけにご容赦ください
・参加可能人数:50~最大70名まで
・スペシャルゲスト:
  現在調整頂いておりますが、都合がつけば、皆さまもよくご存知の方を
  お招きする予定です
・お申込み:以下のアドレスに、参加希望のメール申し込みをお願いします。
 ◆参加申込メールアドレス: shibamoto.scn@gmail.com
 ◆参加申込FAX番号: 03-5957-2641 (合同会社エス・シー・エヌ内 事務局)
   ※ 下記の形式で、手書きでFAXにてお送りいただいても受け付けます

 ◆メール、FAXには以下の例の項目を記載いただくようお願いいたします。
 <記載例>
 ・氏名:山田太郎(やまだたろう)
 ・住所:〒101-0021東京都千代田区外神田2-16-2 神田明神マンション101
      ※ 郵便番号、マンション名などは全て記載願います
 ・電話または携帯:03-3254-0753/090-1234-5678 のように
 ・公望さんとのご関係:友人、同級生、同僚、先輩、後輩、弟子(?)など
 ・メールアドレス:shibamoto.scn@gmail.com

  ※ 公望さんへ一覧化してお渡ししますので、正確に記載願います。
  ※ 頂戴した情報は、本件のみの使用とし、稲村さんへお渡しした後
    当方には、原本、コピー、電子データなど、一切残しません。
  ※ お申込み人数によっては、申し訳ございませんが、
    先着順とする場合がございます。ご了承ください。

よろしくお願いいたします。

写真: 【スケジュール確定しました】

皆さま、こんにちは。
「公望さん船出の会+語る会」の幹事を務めます柴本です。
以下の通り、正式スケジュールが確定しましたので、公望さんのタイムラインをお借りしてお知らせいたします。
内容、ご確認のうえ、スケジュールの調整をいただき、奮ってご参加くださいますよう、よろしくお願いいたします。
なお、お問い合わせを一番多くいただきました、開演時間につきましては、本日現地で交渉させていただき
都内、近郊の方であれば、ほぼ会社帰りに参加できる時間となりましたこと、併せてお知らせいたします。よろしくお願いいたします。

◆本日、雨模様でしたが、明神会館の雰囲気を見ていただけますよう、
 写真もUpいたしました。
◆公望さん、シェアをよろしくお願いいたします!。

柴本 拝

-----以下ご案内文です--------

元、日本郵便副会長、常任顧問の稲村公望さんが、3月末で退任されました。
今回、スペシャルゲストも招いての「公望さん船出の会+語る会」を開催いたします。

・趣旨とコンセプト:
 1)【公望さん船出の会+語る会+α】というタイトル通りに
   和気あいあいと運営いたします。
 2)会社や政治家のパーティーのようなものではなく、「公望さんと語る」を
   コンセプトといたします。
 3)特定の人にだけ意味のあるようなご挨拶などは無くし、公望さんのご指名
   によるコメントなどなど。
 4)全ては「公房さんと集まった皆さんの語らい」をメインとします。
 5)2時間という、短い宴ではありますが、余興も募集いたします。
    我こそは!という、ご同郷の皆さまには是非ともご協力のほどよろしく
   お願いいたします!。(島唄の演奏者、歌い手など大募集!)

<確定スケジュール>
・日時:5月30(金)
・開場/受付開始:18時15分より
・船出の会 開宴:18時45分~20時45まで
・会場:神田明神内「明神会館」地下1階(斜面のB1ですので、窓もあります)
・住所:〒101-0021 東京都千代田区外神田2-16-2 明神会館
・交通:・JR「御茶ノ水駅」聖橋出口より徒歩5分
  ※ 必ず「聖橋口」より出てください。
    交番がある方です。御茶ノ水橋口ではありません。
 東京メトロ千代田線「新御茶ノ水駅」B2出口より徒歩5分
 東京メトロ丸ノ内線「新御茶ノ水駅」より徒歩5分
 東京メトロ銀座線「末広町駅」3番出口より徒歩5分
 JR「秋葉原駅」電気街口より徒歩7分
・会費:8千円(和洋ヴッフェで立食形式、時間内飲料は飲み放題)
  ※ 公望さんの御意思に反して、高めとなってしまいましたが
    場所が場所だけにご容赦ください
・参加可能人数:50~最大70名まで
・スペシャルゲスト:
  現在調整頂いておりますが、都合がつけば、皆さまもよくご存知の方を
  お招きする予定です
・お申込み:以下のアドレスに、参加希望のメール申し込みをお願いします。
 ◆参加申込メールアドレス: shibamoto.scn@gmail.com
 ◆参加申込FAX番号: 03-5957-2641 (合同会社エス・シー・エヌ内 事務局)
   ※ 下記の形式で、手書きでFAXにてお送りいただいても受け付けます

 ◆メール、FAXには以下の例の項目を記載いただくようお願いいたします。
 <記載例>
 ・氏名:山田太郎(やまだたろう)
 ・住所:〒101-0021東京都千代田区外神田2-16-2 神田明神マンション101
      ※ 郵便番号、マンション名などは全て記載願います
 ・電話または携帯:03-3254-0753/090-1234-5678 のように
 ・公望さんとのご関係:友人、同級生、同僚、先輩、後輩、弟子(?)など
 ・メールアドレス:shibamoto.scn@gmail.com

  ※ 公望さんへ一覧化してお渡ししますので、正確に記載願います。
  ※ 頂戴した情報は、本件のみの使用とし、稲村さんへお渡しした後
    当方には、原本、コピー、電子データなど、一切残しません。
  ※ お申込み人数によっては、申し訳ございませんが、
    先着順とする場合がございます。ご了承ください。

よろしくお願いいたします。

合同会社エス・シー・エヌ内事務局:柴本/安藤/櫻井

Winner and Loser

 

数年前に書いた。ご参考まで。米国大統領の来日を控えてつらつら思うことのひとこまである。

歴史は常に勝者のものである。勝者は歴史を独占し、敗者を歴史の表舞台から葬り去る。敗者には汚名が着せられ、後世の人間は歴史を築いてきた勝者に感情移入をする。

 ヴァルター・ベンヤミンが『歴史哲学テーゼ』で提示したこのテーゼは、現在においても有効である。今日世界を席巻する歴史観や価値観は、西洋中心、とかくアメリカ中心のものである。

第二次世界大戦に勝利したアメリカは、日本を間接統治し、彼らの歴史観に基づき東京裁判を断行した。それは現在に至るまで、沖縄の米軍基地という形で、あるいは東京裁判史観という形で日本に根付いている。両者に対し、日本国内からは反発の声も聞かれるようにはなったが、世界で支配的なのは、依然としてアングロ・サクソン史観であることは否定できない。

 それに対して、わが日本国固有の歴史観は、勝者の歴史観を拒絶するという特徴を持つ。例えば、南北朝の動乱を描写した『太平記』は、確かに勝者である北朝の立場から書かれているが、その目的は敗者である南朝の鎮魂にある。あるいは『平家物語』にも、敗者として滅んでいった諸霊を慰めようとする意図が込められている。

 このように、敗者をも慰霊する歴史観というものは、日本特有のものである。アメリカが敗者の歴史を見直す時、それはすなわち、彼ら自身が敗者に陥り、国際法廷で裁かれる危険を感じた時である。そして、ここ最近になって、それが現実のものとなりつつある。

 

■ライシャワーの日本観

 それを表すものとして、2009年11月に出版された『ライシャワーの昭和史』(原題:Edwin O. Reischauer and the American Discovery of Japan)が挙げられよう。アメリカではここ最近になって、親日派と目された、故エドウィン・ライシャワー、ハーバード大学教授の見直しが始まっている。それは、リーマンショックによる多くの銀行の倒産、ブッシュ政権に始まるイラク・アフガン問題、そしてブッシュ政権の負の遺産を解決できないオバマ政権への失望感に起因する。

ライシャワーは1910年に東京白金の明治学院内に生まれ、十六歳まで日本で育った。そのため、日本文化に通じており、ハーバード大学で、東アジア研究を開始している。

1945年、第二次世界大戦が終わり、情報将校としての任務を終えると直ちに、ライシャワーは『日本―過去と現在』と題する冊子を出版した。これは、アメリカを席巻していた日本人観、憎悪や人種差別のこめられた「ジャップ」という観点とは無縁な、当時としては驚くべき日本観であった。

彼は日米関係から、「勝者」対「敗者」という占領時代のメンタリティーを取り除き、一段と対等性を高め、相互に尊敬し合う関係へと変容させようと努力した。顕著となったのは、1961年にケネディ大統領により駐日アメリカ大使に任命された時である。大使として、沖縄の施政権の返還に向けて行動を起こし、アメリカの東アジア政策を意のままにしていた軍政の絶対的支配を終わらせ、日韓の外交関係の全面的な復活へといたる交渉を陰で助け、対大陸中国政策の現実的な対応の重要性を訴えていた。

80年代、日本の製造業がアメリカの覇権を揺るがす規模に成長すると、日本は異質な存在であるとする論者から、日本の民主主義と資本主義は米国のそれと同質であると主張していたライシャワーに対して、批判と攻撃が向けられた。そうしたリビジョニスト(修正主義者)に対しても、自らの立場を崩さず激しく対決している。

 

■リアリズムの限界

 確かに、ライシャワーが日米の対等な関係を志向した背景には、冷静構造があり、アメリカとソ連によって世界が二極に分断されていた当時、日本を味方陣営に引き入れる事が国益に適っていた。池田・ケネディ会談では、対等なパートナーシップの表現が頻発する。ライシャワー大使の進言の成果であろう。日本を単なる浮沈空母と見る同盟論ではない。

 リアリストと称する人間たちは、所詮国際政治はバランスオブパワーで動くものとして、ミルトン・フリードマンのカルトの市場原理主義同様に、国家の力を数値化して分析する。それが今回の沖縄基地米軍問題において、「抑止力」の問題として表出した。しかし、その発想は実に素朴である。たとえ「抑止力」が同等であろうと、軍人と国民の士気により「抑止力」は大いに左右されるものである。沖縄と徳之島の住民の敵意に囲まれた「抑止力」がまともに機能するはずもない。それはライシャワー大使の認識でもあった。

 

 もし日本の市民が戦争に引きずりこまれることに抵抗したなら、在日米軍基地はいかなる戦闘の勃発においても自由に使えなくなるだろう。…日米安保条約の有効性は、最終的には、日本国民の圧倒的過半数の支持を獲得し、それを維持することにかかっていた。

                           ――『ライシャワーの昭和史』

 

 リアリストと称する人間たちには、生身の人間の重要性が見えていない。

 

■沖縄米軍基地問題は終わっていない

 領土というものは、基本的に戦争の結果やり取りされるものである。戦争なしでそれを行うというのであれば、日米双方にリスクがある。アメリカにとっては、アメリカ国民の世論、あるいは利権の問題として。日本にとっては、在日米軍撤退後の軍事力の空隙をいかにして埋めるか、という問題として現出するが、今回の沖縄米軍基地問題において、中国の脅威に対応するための「抑止力」という理屈を盾に、米軍基地存続を訴えた論者たちが、独立国家日本としての国軍の有り様、又、自衛隊について語ることは皆無であった。

 ライシャワーも冷戦時代という時代的制約により、沖縄米軍基地と自衛隊の関係について論ずることはなかった。しかし、もし先生がご存命であればの仮定で『ライシャワーの昭和史』の著者、ジョージ・R・パッカード氏はこう論じる。

 

 沖縄から米軍の大半を撤退させ、陸上と海軍基地を日本の自衛隊と共同使用することを、提案するだろう。ワシントンが米軍のサイパンへの移設経費の負担を日本に要求していることを知れば、お国の恥として、困惑するだろう。普天間飛行場を閉鎖し、航空兵力を嘉手納基地へ移すことを支持し、北朝鮮のあらゆる攻撃可能性を、アメリカの空軍・海軍力を頼りにして抑止するとするだろう。

 

 これはライシャワーの名を借りた、パッカード氏の意見であるが、興味深い。詳細は、著書本文を参照されたいが、現在のアメリカの中にも、日本の独立を望む論者たちはいる。

衛星国であることをやめて、自立・自尊の日本を求め、対等な日米関係を求めるためには、「抑止力」という言葉で思考停止するのではなく、日本国家は日本国民の手で守るという異質ではない当然の原則を思い出し、自衛隊という選択肢を取るべきであったのだ。

 

■対米自立に向けて

日本がバブルに踊り狂っていた時代は、日本からアクションを起こさずとも、その経済力の故にアメリカは日本に関心を持たざるを得なかった。しかし、バブル崩壊後はそうではない。現在のアメリカは日本に対する関心を失い、それは中国に向かいつつある。

実際、経済的には中米同盟が成立していると言っても過言ではない。米国の国務省には、もはや日本専門家はいない。長官を含めて、ほぼ全員が、共産中国シンパである。

バブル崩壊後、日本側で、米国が関心を持つよう働きかけてきただろうか。アメリカの知日派に対して何らかのアクションを起こして来ただろうか。残念ながら、無作為に陥っていた。それは、日本にアメリカ専門家と言える知識人が払底して、アメリカの反日派の言うことをハイハイと、パブロフの犬の如く聞き入れる者が、政財官とマスコミを覆った。

 アメリカは日本における親米派を増加させる策として、奨学金制度という形の国家的戦略をとった。フルブライト奨学金制度でアメリカに留学した人間で、アメリカに対して異論を唱える者はない。竹中平蔵氏のように、米国の一部の資本家の手先か、走り使いになった者すらいる。ライシャワー先生のように、日本で生まれ育った人間、あるいは一定の期間日本にいた経験を持つ人間は、親日とまではいかなくとも、知日アメリカ人になれる。

アメリカ合衆国は決して一枚岩ではない。それはGHQの占領統治の見ても明らかである。自立・自尊の日本を求めて、アメリカの知日派に働きかける、日本の国体の本質について理解する知日派の人士を確保することが喫緊の課題で、そのために、国策として、アメリカ合衆国研究所を創設することを提案したい。そして、日本が自立・自尊を認める方が、米国の長期利益に適うことが、歴史の教訓であることを認識させる活動を展開すべきだ。

***

 『ライシャワーの昭和史』の英文版の表紙に、円仁・慈覚大師の労苦を想像させる「堅忍」と草書体の文字がすかしではいる。主従関係のような日米同盟はもはや機能しない。対等な日米同盟を「堅忍」不抜の精神で再構築すべきだ。ライシャワーの教訓を生かせ。

Kuroshio 113

忘れまじ吐噶喇(とから)の島々

有吉佐和子の小説に『私は忘れない』と題する作品がある。女優の卵が、「忘れられた島」となった黒島に旅立つ。台風で船が来なくなって、台風でやられた後の復旧活動をするために島に残る。「島を忘れないで下さい」という言葉に見送られて帰京する。島のことを忘れず、自らの人生を切り開いていくという筋書きだ。現実には、遠く離れた島を私は忘れないと決意しても、都会の喧騒にまぎれて間々忘れてしまう。ましてや、飛行機の定期便のない島は、ななか帰ることも難しいから、忘れてしまいがちだ。選挙があっても、船で行くような島に選挙運動でわざわざ渡っていく政治家があれば、奇特な政治家と呼ばれるほどだ。鹿児島の県知事もヘリコプター代を誰が出したかと詮索され始末だった。船で出かける政治家など見たことがない。沖縄でも、連絡船が島伝いに通っていて飛行機の直通便がなかった時代には、北隣の奄美の々や南の宮古・八重山にも巡航船で出かけるしか方法がなかったから、それなりに親しみを感じる南方同胞の気分が強かったのだが、もう奄美と沖縄とが文化を共有することを知らない若者もいて、言葉が似てますねと平気で言うから、いやティーチ(ひとつで同じ)ムンですよ、と強弁せざるを得ないことも稀ではない。残念なことだ。沖縄と宮古・石垣との航路は、貨物船ばかりになって客船がなくなったことには驚かされる。台湾航路も、有村運輸の故有村喬社長が、飛龍という名前の大型のフェリーを建造して基隆(きーるん)航路に投入したが、世の中が不景気になって、僅かの額の資金繰りがつかずに倒産した。運輸行政も助けようとしなかったことは、島々のことを忘れてしまえとの無慈悲な力が働いていた可能性が高い。とあるリース会社の社長は、島で食えなければ、東京に出ればいい、東京で食えなければニューヨークに行けばいいと、拝金の下劣を露骨にテレビ画面で説教していたが、僅かに一〇年前のことだ。奄美の各島にも、宮古も石垣にも飛行場があるから、東京や那覇や鹿児島との往来は便利になったが、小さな島同士のお互いの往来は却って不便だ。沖縄と台湾も、那覇と台北には行けても、もう与那国や石垣と台湾の花蓮との行き来はほとんどない。

飛行場がないので、村営の定期船によって訪問するか、ヘリコプターをチャーターするかなどの尋常ではない手段でしか行けないのが、馬毛島、口之永良部島、竹島、硫黄島、黒島からなる三島と吐噶喇(とから)列島の島々である。奄美の隣島の人も、王国の本家であった沖縄の県民も、吐噶喇の島々は上空を通り過ぎるだけになってしまった。

筆者もやはり、「私は忘れない」ことを誓って、わが黒潮文明論には島々の概略を書き留めて措きたい。まず、口之永良部島は、奄美の沖永良部島と対になった呼び名である。口は錦江湾への入口を示しているようだ。島の本村には奥行き二キロの天然の港があり、薩摩藩は異国船番所を置いていた。九州と琉球とを往来する船は必ず寄港した程の良港だ。竹島は全島が琉球竹に覆われているから竹の島である。遣唐使の高田首根麻呂(たかだのおびとねまろ)を祭る社もある。硫黄島と大陸の宋との間の硫黄貿易についてすでに書いた。もともと黒島は黒尾嶋と言った。冒頭に紹介した小説の舞台である。吐噶喇列島とは口之島、中之島、臥蛇島,平島、諏訪之瀬島、悪石島、小宝島、宝島、横当島である。横当島は無人島だったし、宝島と子宝島をひとまとめにして数えるから七島と言い、海は七島灘というくらいの急潮であり、特に季節風の時期には難所である。口之島は七島の北端にあり、昭和二一年に日本本土から七島以南が切り離されたときに、密航の中継港となって、ヤミ貿易でにぎわった。七島は、奄美の復帰より二年早く昭和二六年に本土に復帰している。中之島には、見通し外の無線中継局が設置された。トカラ馬は元は喜界島から導入された。臥蛇島は、今は無人島になっているが、犬がいなかったので、島の子が鹿児島に出て初めて犬を見て、猛獣がいると言ったとのまことしやかな話を聞いたことがあった。悪石島には仮面の祭りがある。仮面のボゼが現れて、盆踊りを壊す。ニューギニアの仮面神が渡来の仏教にあらがっているかのようだ。悪石島と宝島の間に「渡瀬線」という、ハブなど九州本土と沖縄・奄美群島との動植物の分布境界線がある。両島の間には水深一〇〇〇メートルの「トカラギャップ」と呼ばれる海裂が横たわっており、これが「渡瀬線」の原因だろう。子宝島には、沖縄の久高島から来た人が夜光貝などを獲ったときに利用した入江が久高泊の名で残る。宝島には、縄文時代の遺跡や黒潮の禊ぎの場所の干瀬(ひせ)がある。異国船打ち払い令が出たのは文政七年(一八二四)の宝島での英国捕鯨船の銃撃事件に対して薩摩の役人が反撃した事件が契機となった。孫崎紀子氏はかつて本誌上で「トカラ国から来たペルシア人ダラとその一行が南島路を通り、熟練の航海士も悩まされる七島灘で遭難、流れ着いた先が宝島つまりトカラ島」という仮説を主張し、七島正月はササン朝ペルシアを偲ばせるゾロアスターの暦に基づく行事と指摘した。


The Last Samurai

興味深い講演会いや勉強会?の案内があった。

東京の中野サンプラザ、4月21日だ。

http://blog.livedoor.jp/takutaku2946/archives/51913435.html

Market Fundamentalism and Villains

講談社刊の「市場と権力」を、これまでにも紹介してきた。新潮社の去年の最優秀ノンフィクションとして、新潮ドキュメント賞にも撰ばれた。

また嬉しいことが起きた。4月3日に第45回大宅壮一ノンフィクション賞(日本文学振興会主催)の選考会が開かれ、「市場と権力」(講談社)が受賞したのである。

第七章では,郵政民営化の虚妄について詳述している。

著者の佐々木実氏が7年間の歳月をかけて取材して、また活字にして文句のつけようがない厳選された内容であり、構造改革論や,小泉・竹中政治の闇を追撃する好著である。

...
皆様、ご一読を賜りますよう、あらためておすすめします。

http://www.kinokuniya.co.jp/f/dsg-01-9784062184236

http://www.bunshun.co.jp/award/ohya/

A Man for All Seasons

一色正春氏の名誉回復が行われて然るべきだ。

もう三年余りの時間が経った。尖閣諸島沖で支那の漁船が海上保安庁の巡視船に体当たりして巡視船の船体を破損するという事件が発生したが、それが映像として記録されていたがにもかかわらず、公開しなかったばかりか、公務執行妨害容疑で逮捕した船長を釈放するという事態が発生した。証拠となった映像は、一部国会への提出を除き刑事訴訟法で一般には非公開とされると言う理屈で、国民に公開されなかった。現職の海上保安官が、2010年11月、動画サイトのYouTubeにに匿名で投稿して、大騒ぎとなった。衝突映像を職を賭して公開に踏み切った一色正春氏は、停職12ヶ月の懲戒処分を受けて、のちに依願退職している。

ところが、今年の2月12日に海上保安庁は、当時の衝突映像の公開に踏み切っているが、その理由は、海上保安庁は船長に対して巡視船の修繕費などを損害賠償請求をしていたが、採...算の督促にも支払いを拒否されたあげくに、時効が2月20日に来るので、時効を中断するために、民事訴訟に切り替えて那覇地方裁判所に提訴することとなったので、刑事訴訟法では非公開にしたが、民事訴訟にしたから地方裁判所での閲覧が可能になったために,映像公開に至ったという理屈である。寿限無のような話である。

ところが、支那の漁船体当たり事件に対して職を呈して、「特定秘密にも当たらない」映像をYouTubeに投稿したことで、処罰された一色元保安官の名誉回復が行われた気配はない。

当時ですら、公益上の必要があって相当と認められる場合は、いつでも公開することは、刑事訴訟法の第47条の但し書きで可能であったが、刑事事件の証拠としての映像を非公開にしたのは、法の支配をねじ曲げて単にペキンからの圧力に司法と行政が屈しただけの話では無かったのか。支那と妥協したからと言って、尖閣諸島周辺での支那の動きが沈静化することはなく、より威丈高になったのではないだろうか。むしろ、対立はエスカレートさせたのではないだろうか。

一色正春氏の映像投稿への決断はむしろ、法と正義を守る為の、公務員として誇るべき行動であったことが、この2月の映像公開によって、僅かに三年余りの時間の経過の中で、証明されたのではないのか。そうであれば、一色正春氏の名誉回復が行われて然るべきであり、それが、支那の暴力的な拡張主義に反対して日本国民の利益を守るとの決意と主張ともなるのではないか。

その昔のことであるが、北朝鮮の不審船の追跡を、時の政権の閣僚が追跡を中止して取り逃がしたときに、ロンドンのタイムス紙が、日本が海賊船をとりにがしたという見出しをつけたことを思い出した。今回の事件では、犯罪者が釈放され、英雄が処罰されている、とでも外国の新聞であれば見出しをつけるかも知れない。
 

Espionage of High Technologies

横浜駅の北東側にそびえ立つようなビルがあり、そこの19階に支那の通信機器の大手企業の研究所が入って居る。数百人の中国人のエンジニアが働いている。しかし、監視対象となっているだけではなく、一部は、その研究所に顔を見せることもなく、日本の大学をまわったりしていると。ところが、その一部の人物は、米国ではスパイと認定されて、指名手配されているから、「日本はこんな人物を自由に出入りさせているのか」と連邦捜査局はあきれている、という。名大を訪れ、早稲田大学に行き、大阪大学に行き、研究室上げて、支那へ大名旅行をさせたこともある人物だという。大学を闊歩している「領収書不要の男」と言う見出しをつけている。

10月には、総務省系の独立行政法人の情報通信研究機構に納入する予定の
超臨場感映像システムをその支那企業がコピーしたのではないかとの情報がはいったという。軍事転用が可能な技術で、無人偵察機やミサイル、更には、空母キラーと呼ばれるミサイルの眼ともなりうる技術だから、支那は喉から手が出るほど欲しい技術である。川崎のN社は、日本企業の看板を掲げながら、居抜きで支那企業になった可能性があり、そこを通じて、センサーやチップセット、画像処理用のエンコーダなどが、そっくり流出したことがあったと言う。

日本はガードが低く、コピーの草刈り場にされている節があるという。その支那の企業のシステムには、有事には後ろから入り込む穴があり、有事には傍受されたり、通信障害を起こすリスクがあるという。

昨年の10月には、米国下院の情報特別委員会が、支那の企業のリスクについての報告を発表した。その企業は、12月には、米国から撤退せざるを得なくなっている。日本では、ソフトバンクモバイルや、参加のイーモバイルが、通信網の基幹回線をその支那の企業に依存しているという。サイバー戦争では、通信障害や、ホームページの改竄にとどまらず、送電網グリッドの誤作動などが考えられる。一年ほど前に東京ガスの根岸工場にも目的不明の外国籍の男が侵入を計った形跡があると言う。電力やガス、水道を遮断するリスクが現実に起きる可能性が指摘されている。その19階からは、東京電力の南横浜火力発電所や電源開発の磯子火力発電所も見渡せるが、南横浜の制御システムはウィンドウズがベースで侵入は難しくないと指摘している。不審者の出没があり、警備状況を調べに来たと見られるとしている。

日中有事の仮想戦争が始まっている可能性があるという。その支那の企業は、潜在的な脅威ではなく、現実の脅威であり、その尻尾はつかめている。インドや、豪州、カナダなどは、その企業をブロードバンドや政府通信網から排除しているから、その例に倣って、日本のインフラからも撤去と排除を求める時がきたという。

以上は、雑誌ファクタ4月号のトップの記事を要約したものである。残念ながら、お花畑にあるのか、日本の大マスコミは書くことをしない。日本の政治家も問題にしない。政治家も経営者も弛緩しきった体たらくだ。なお、ご関心の向きは、ファクタ4月号の本文を参照されたい。
https://facta.co.jp/article/201404021.html

Kuroshio 112

南米起源の古代人類は存在するか

 モアイ像は、長頭・長耳の人面が彫刻された巨石で作った人像のことで、南太平洋の絶海の孤島であるイースター島にある。モアイ像は、マルケサス諸島やオーストラル諸島といった南太平洋の島々の遺跡からも発見されている。日本でもモヤイ像が伊豆の新島の石で創作され、東京の渋谷駅の西口
に、待ち合わせの場所の目印として置かれている。

ヘイエルダールというノルウェイの冒険家が、南米大陸先住民がイースター島に移住したとする説を証明しようとして、エクアドル沿岸のジャングルからバルサ材を切り出して筏をつくり、ペルーのカヤオの港から出航して南東貿易風に沿う南太平洋を循環する海流に乗ってイースター島を目指したことがあった。南米の海岸を北側に流れるフンボルト海流を横切る必要があったので、ペルーの海軍の引き船に引っ張られて陸地から八十キロ離れた所から出発したことが裏目になって、イースター島の北側を通過し違う環礁に着いてしまったが、筏で南米の大陸から南太平洋の島まで航海することが可能であることが実証され大いに話題となり、記録映画「コンティキ」も製作されてハリウッドの長編ドキュメンタリー部門の一九五一年度アカデミー賞をとった。筏の名前は、インカ帝国の太陽神アプ・コン・ティキ・ピラコチャの名前にちなんでつけられた。ところが、ヘイエルダールは海洋冒険家との評価は得たものの学者としての評価は定まらなかったので、イースター島の南米起源説を補強しようとして、学術調査隊を編成してモアイ像を発掘したり、イースター島に残るロンゴロンゴ語と呼ばれる古い文字の書かれた木片を収集したり、その他の遺跡や人骨の発掘調査などを行った。これまた、「アクアク」というドキュメンタリー映像にまとめて評判をとった。探検記は世界的なベストセラーになった。ところが、へイエルダールの主張とは逆に、イースター島の文明の起源は南米ではなくポリネシアとすると説が学会では有力となり、1980年代に至って遺伝子研究が盛んとなってから一層有力となった。その結果、ヘイエルダールの仮説は退けられるに至った。皮肉なことに、英国の学者が遺伝子分析のために使った人骨は、ヘイエルダールが発掘してサンチアゴの博物館に保存していたものだった。

 天眼鏡をあてて、骨相を見て人品を判断するだけではなく、世界の各国の交流がどんどん進んでくると、髪の色から顔形を見ただけで、どこのお国の人かを推測する技量が必要である。四十年以上前の米国横断のバス旅行で、前席に座っているのが、日本人なのか、支那人なのか、朝鮮・韓国人である
のか、その他のアジア人であるのか、白人の運転手に皆目見当はつかなかったのであるが、アジア人の間では、頭骨形の特徴は微妙に異なる特徴から、何人らしいと言う推測はできる。頭長幅指数という、頭を上から見た形の長さと幅との比を数値化したもので、超長頭型64.9≧ 過長頭型65.0~69.9 長頭型70.0~74.9 中頭型75.0~79.9 短頭型80.0~84.9過短頭型85.0~89.9超短頭型 90.0≦の区分がある。現代の日本人は短頭型が主流であり、中国人は中頭型、朝鮮・韓国人は過短頭型が多いとされる。白色人種群では北方人種と地中海人種が長頭から中頭、アルプス人種が短頭、黄色人種群では古モンゴロイドに長頭が多く、新モンゴロイドに短頭が多く、黒色人種群では長頭が多いとされる。人種偏見の根拠にされた時代もあり、同じ白人でも、ドイツ人は長頭、フランス人は、短頭が主流であるから、どちらが優勢か争いがあった。日本人は、古墳時代頃からどんどん長頭化して、鎌倉時代に長くなったことが、当時の人骨の計測でわかっている。頭が特に長い人のことを「才槌(さいづち)」と呼んだが、今は死語である。絶壁頭とは短頭化した頭だからだ。南島で頭頂の出っ張りを「みにしゅし」と名付けている。

 頭の形で分類すると、タスマニア、マレー川、クィーンズランド、ニューサ
ウスウェールズなどに居住する豪州の原住民と、メラネシアに属するバヌア
ツ、ニューブリテン、セピック川、ビアク島、ニューアイルランド、フィジーの人々が比較的に長頭の一群となり、その次が、ポリネシアのトンガ、サモ
ア、ニュージーランドのマオリ、タヒチ、ハワイ、マルケサス、、ミクロネシアのグアム、キャロライン群島などが一群となり、ベトナム、小スンダ、ボルネオ、ジャワ、スラベシ、カンボジア、ラオス、フィリピン、スル海の人々が一群をなし、その次に短い頭の人々が、台湾の原住民、バンチェンの遺跡のあるタイ、そして日本人が一群にまとめることができる。支那や北アジア住民はより短頭の一群となる。

 さて、ヘイエルダールの仮説は遺伝子の分析で退けられたが、モアイ像は、
東アフリカを出自とする現在の人類の像ではなく、ポリネシアから渡ってくる
前にイースター島にいた南米起源の古代人類で、今は死に絶えた超長頭の人々の像と考えることはできないだろうか。(つづく)

A Medical Doctor --The Life and Dedication of Dr. Shida Chjkako

女医「志田周子(しだちかこ)」は、昭和初期、陸の孤島と言われ無医村であった山形県の月山のふもとの集落の大井沢で診療を行い、生涯をささげた人物である。

その生き方を映画化しようとの動きが始まり、志田周子を銀幕に甦らせる会が結成されている。

事務局は、山形県西川町の教育委員会の中に置かれている。

電話は、0237-74-3131である。

http://www.sidachikako.com/index.shtml

というホームページもできている。

御賛同の向きは、募金目標額が一億円で、制作スケジュールが、25年は、募金活動、26年は政策委員会設置、制作・撮影開始、27年に撮影終了、上映という想定になっている。

ご参考まで。

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