構造改革、民営化、市場原理主義の虚妄から、マインドコントロールを解くための参考図書館

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2014年5月

Privatization

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岐阜の駅前に開発された大型商業関連施設には、もう地元の銀行の名前とおぼしき表示がなされていて、併設の駐車場は,地元の地方自治体の看板が麗々しく掲げられている。しかし、この施設は、地元の銀行や地方自治体がもともと建設したものではない。郵政民営化のかけ声の中で転売されていった施設である。郵便貯金の資金で建てられた公共の商業施設や駐車場などの郵便貯金の貯金者の資産が、「赤字のため」というもんきり調の理由で、民営化への過程の中で、どのような経緯を経て、どのような価格の付け方で売却されるに至ったのか、いまだに藪の中にある。知るよしもない。しかし、天網恢々疎にして漏らさず、が摂理であり、いつかはお天道様の光を浴びることになること必定である。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B2%90%E9%98%9C%E5%B8%82%E6%96%87%E5%8C%96%E7%94%A3%E6%A5%AD%E4%BA%A4%E6%B5%81%E3%82%BB%E3%83%B3%E3%82%BF%E3%83%BC

Postal Savings Faciliteis Sold Out

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Postal Savings Facilities

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地球温暖化と黒潮

 地球が温暖化すれば黒潮の力が強まって、その北上する流れはいよいよ勢いを増す。黒潮の分流として日本海に入っている対馬海流の海水温度が上がれば、より多量の水蒸気を発散することになり、豪雪地帯と呼ばれる山形の月山などでは、文字通りの深雪地帯になることが予想されている。日本海から津軽海峡を抜けた対馬海流は、北海道の南縁の海水温度を上げ、根釧原野の霧の深さを晴らすことになる。宗谷海峡を抜ける対馬海流は稚内から北見の方へ南流する反流となり、北海道北東のハマナスの岸辺を洗うようになるから、オホーツク海の流氷の接岸は全く無くなる。間宮海峡に入る対馬海流は、樺太島とシベリア大陸との分離をはっきりさせ、シベリアの沿岸流として反流するリマン海流に加わり水温を上げ、ロシア沿海州から朝鮮半島東海岸にかけての気候を和らげる。房総半島沿岸の磯の底に生息している珊瑚は、更にその水域を北上させる。黒潮は、現在は、銚子の沖で東転するが、転回点を那珂湊(なかみなと)沖まで北上させる。鹿島と香取の宮、大洗の磯前神社の結界・創建、原発の立地は、黒潮の流れの移動と関連している。海水温が上がれば、北海道には現在分布していないハマグリも生息するようになり、根室海岸まで到達しているあさりなどは、更に範囲を北上させてオホーツク海沿岸に入り込むに違いない。貝類は生息できる一定の海水の温度幅があり、その上下に応じて移動する。気候が温暖であった縄文時代前期から中期にかけては、海水面が現在よりも二~三メートル高い位置にあったとされ、北海道にも温帯域の貝が生息していたことが、ハマグリの化石が沖積層に大量に残っていることから確かめられている。地球温暖化が進めば、北海道の平野に沖積地が広がって海水が浸入することになるから北海道の食生はいよいよ豊富になる。北海道の気候は、今は本州とは異なる亜寒帯に分類されているが、温暖化が進めば温帯になり、「縄文海進」の時代には、北海道のアイヌ文明が本州の山内丸山遺跡に象徴される文明と同一であったことが容易に想像できる。

 二万年から一万八〇〇〇年前の最も寒冷化した時代には、世界的に海水面が現在よりも一二〇メートル下にあった。与那国島の海底遺跡もこの深度にあることを既に指摘して、アラビア海のシュメールのウルの遺跡とも比較しながら議論を進め、スンダランドの文明が現実に存在したことを指摘してきた。地質学で完新世と呼ばれる一万年前頃、即ち縄文時代の初期の約一万五〇〇〇年から九〇〇〇年前までには、現在の海水面から四〇メートル下まで上昇して来た。東京湾の場合、現在の湾奥は陸地で、横須賀と房総半島あたりを結ぶ線が海岸となっていたが、(海底地図を見ると、峡谷のような川の流れた地形が東京湾口にはある。冷戦の時代には、旧ソ連の原子力潜水艦が潜んでいた深みがあり、そこには、奇妙な顎の深海鮫が生息している。)縄文時代の中期になると、海水面は一気に三〇メートル程上昇して、東京湾を内海にしている。約六五〇〇年前から五五〇〇年前頃には、今の海面を越えて海水が陸地の奥深くまで浸入した。その現象は、「縄文海進」と呼ばれている。現在の海面より二~三メートル高い位置に到達したとされる。六三〇〇年前に南九州の鬼界カルデラが噴出した火山灰が全国各地に地層となって残っており、また約九三〇〇年前に日本海西部の鬱陵島から噴出した火山灰も地層に残っているので、二つの地層の資料で年代の特定ができるようになった。その前後の沖積層の貝類の化石の調査を加えて、海水面の上下と、海水温の変化を判定する。三〇〇〇年前の縄文中期に若干の上昇があったが、縄文中期後半に入ると海岸線が再び低下をはじめ、その後は、弥生時代にかけての約二二〇〇年前頃までに海面が低下し、「縄文中期の小海退」と呼ばれている。その後、微動の上下を繰り返しながら現在に至っている。エドワード・モースが大森貝塚を発見したのが、明治一〇年(一八七七)であったが、日本全国の貝塚の調査が進んで、地層に含まれる貝殻の化石と貝塚とを照合することによって、海面上下の規模が判定される。「縄文海進」の時代に関東地方では、今の栃木県や群馬県の一部にまで貝塚が残り、現在の海水面より五〇~六〇キロの内陸まで海岸線が入り込んでいたことが分かっている。東京の目黒区の東山にもその名残りの貝塚がある。鎌倉鶴岡八幡宮も、隼人の鹿児島神宮も、一五〇〇年前の多摩川の古墳も、今は台地上に位置する古社の多くが波打際に築造されたことは間違いない。勿論、地震などによる地盤の隆起や沈下もあり、特に六五〇〇年前の巨大地震による列島の隆起は著しく、小田原・羽根屋遺跡のように海抜二二~二四メートル隆起したものもある。東日本大震災では江戸時代に干拓された沖積地が水没し、東日本の海岸は約一メートル弱の地盤沈下を引き起こしていることを特筆しておきたいが、地球温暖化は、実は黒潮文明が北上して力が加わることで、大日本(おほやまと)の島と民族の発展にとって必ずしも不利な話ばかりではない。(つづく)

Boston

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Malicious Propaganda

ご関心の向きは拡散をお願いします。そして、祥伝社から出版されている同書をご一読願います。

共同通信の歪曲報道を糾弾する。ヘンリーストークス、元ニューヨークタイムス東京支局長、元フィナンシャルタイムス東京支局長の名誉を守るべきだ。黒白ははっきりした。ストークス氏は、勇気のある外国人記者である。戦後の日本を報道し続けた、在京の歴史の生き証人の外国人記者でもある。バーキンソン病を煩っておられる中での渾身の出版であったことを招致しているだけに、同氏の努力を無にするような歪曲報道で、新聞記者の精神をも冒涜するものだ。小生は、かねてから外国特派員協会で、ストークス氏と、翻訳者の藤田氏が親しく相談している姿を何度か見かけて、しかも、その成果がベストセラーになったことを喜んでいた矢先の事件だ。ご本人に、祝意を直接申し上げたこともある。

共同通信の歪曲を、報道の自由に,真実を書くことについての妨害として、糾弾する。日本のマスコミは、外国勢力の手先となって腐ってしまったのか。通信社がいつから謀略のお先棒を担ぐようになったのか。共同通信は、ストークス氏と藤田氏に誤報として謝罪すべきだ。共同の記事を配信した地方新聞社は、誤報として訂正記事を掲載すべきだ。

「『英国人記者が見た 連合国戦勝史観の虚妄』
に対する共同通信の歪曲・虚偽報道を糺す

大きな反響を呼んでいる本書は既に10万部を突破するベストセラーになっている。ところがこれを貶めようとする悪質な記事が共同通信によって配信された。日本軍による「『南京大虐殺』はなかった」と主張した部分は、著者に無断で翻訳者が書き加えていたことが8日明らかになった、というのである。

しかし、これは取材者がインタビューの中で日本語を誤解を与える形で、ストークス氏に伝えて、言ってみれば揚げ足取りにより、こんな歪曲報道をしたことが明らかとなったのである。

5月9日には、祥伝社がヘンリー・ストークス氏のサイン入りの英文の声明文と共にその日本語訳を発表した。添付ファイルの通りである。これを見れば、共同通信は許すべからざる歪曲報道をしていることが明白である。

この虚偽の情報が多くの地方紙、そして反日のニューヨーク・タイムス等に早速掲載されたが、The Japan Times は、翻訳者藤田裕行氏に直接インタビューした記事を12日の1面トップに掲載した。共同のウソ報道を満天下に知らしめた報道であるので、以下、原文と日本語訳とを掲載することにする。

平成26年5月14日「史実を世界に発信する会」茂木弘道

'Shock' from Kyodo report a result of misunderstanding, translator saysJournalist now stands by Nanjing book

ジャーナリストは南京本を支持

by Tomohiro Osaki  Staff Writer

·                       May 12, 2014

Former New York Times Tokyo bureau chief Henry S. Stokes is standing by a claim made in his new book that the Nanjing Massacre never took place, describing the event as a “propaganda tool of the KMT government.”

元ニューヨークタイムズ東京支局長ヘンリーストークス氏は自著の中で、南京虐殺は“国民党政府がプロパガンダの道具として利用”したものであり、実際にあったものではないと述べたことについて間違いはないと言っている。

Kyodo News reported Thursday that Stokes’ book, titled “Eikokujin Kisha ga Mita Rengokoku Sensho Shikan no Kyomo (“Falsehoods of the Allied Nations’ Victorious View of History, as Seen by a British Journalist”), contained “rogue passages” that didn’t reflect the author’s view of the event.

共同通信はストークス氏の著書「英国人記者が見た連合国戦勝史観の虚妄」には著者の見方、認識を正しく反映していない勝手な解釈があると伝えている。

The news agency accused translator Hiroyuki Fujita of adding lines to “fabricate” Stokes’ denial of Japan’s wartime responsibility for the 1937 Nanjing Massacre.

更に共同通信は、1937年の南京虐殺に対する戦時下における日本の責任について、ストークス氏が否定したという話を“でっちあげる”文章を書きくわえたとして翻訳者である藤田裕行氏を非難している。

Stokes, who suffers from Parkinson’s disease, released a statement Friday through the book’s publisher Shodensha, blasting the news report as “wrong” and “far from the truth.”

現在パーキンソン病を患っているストークス氏は本の出版元である祥伝社を通じて、共同通信の記事は誤りであり、事実とは異なると激しく非難した。

“The so-called ‘Nanking Massacre’ never took place,” Stokes said in the statement. “The word ‘massacre’ is not right to indicate what happened. It was originally a propaganda tool of the KMT government,” he said, referring to the Kuomintang

「いわゆる“南京虐殺”などというものは無かったし、“虐殺”という言葉は当時の状況を表現するにはふさわしくない。元々は国民党のプロパガンダの道具として使われたものであった」と声明文の中で述べている。

Kyodo News in turn released a statement dated Friday, saying it was “confident in the accuracy of the article,” which it said “drew on its interview with the former Tokyo bureau chief.” The agency also said the interview was taped.

共同通信が金曜日に発表したところによると、記事は元東京支局長へのインタビューを元にしたものであり、「記事の正確さには自信がある」とし、またそのインタビューは録音してあると伝えている。

In an interview with The Japan Times on Monday, Fujita dismissed the Kyodo report as “simply wrong,” saying the entire story was based on “Henry’s misunderstanding about what was written in Japanese in his book.”

月曜日のジャパンタイムズとのインタビューで藤田氏はすべてが「日本語で書かれたヘンリーの本に関する彼の誤解を元に話が組み立てられており、共同通信の記事は単なる誤りである」として退けた。

Stokes was quoted as saying in the Kyodo article that he was “shocked and horrified” when he learned some passages of his book, published only in Japanese, claimed the Nanjing Massacre, in which Beijing claimed about 300,000 Chinese were killed by Japanese troops, never took place.

共同通信の記事によると、ストークス氏は日本語だけで出版された自著の一部に、日本軍によって30万人が殺されたと北京政府が主張している南京虐殺は無かったと書いてあると知って「ショックを受けた」と言われている。

According to Fujita, Stokes acknowledged saying “shocked” and “horrified,” but only because he was under the impression the paragraphs in question “were different from my idea,” he quoted Stokes as saying

藤田氏によれば、ストークス氏は「ショックを受けた」と言ったことは認めているそうである。しかしそれは当該文章が「自分の考えと異なっている」という印象を受けたからである。

The paragraphs in question translate as: “From this, it is clear that the so-called ‘Nanking Massacre’ did not take place. As a historical fact, the ‘Nanking Massacre’ did not take place. It was a propaganda fabricated by the KMT government.” When presented with this translation, Stokes said it poses no significant difference from his own idea, Fujita said.

問題の文章は「このことからいわゆる南京虐殺が無かったことは明らかである。歴史的事実として“南京虐殺”は無かった。それは国民党政府によってプロパガンダとしてでっちあげられたものであった。」

この訳を示すと、ストークス氏は自分の考えと何ら違うところはないと言った、と藤田氏は言う。

The Japan Times contacted Stokes, but he declined to be interviewed, citing fatigue and ill health.According to Fujita, he conducted English interviews with Stokes “almost every day” from July to September last year, in a room at the Foreign Correspondents’ Club of Japan. The book was released in December.

ジャパンタイムズがストークス氏にインタビューを申し込んだところ、健康がすぐれないということで断られた。藤田氏によると、日本外国特派員協会の一室で昨年の7月から9月までほとんど毎日ストークス氏に英語でインタビューしたものを一冊の本にして12月に発売したそうである。

Asked about the allegation that he added several passages to the book, Fujita said that since the interviews spanned such a long period of time, punctuated with Stokes’ off-topic comments about his childhood, among other things, Fujita basically “put together” the remarks that were pertinent to the Nanjing Massacre and arranged them in an order he thought would work best. He also “added” mentions of some historical facts, he said.

彼がその本に文章を付け加えたと非難されていることについては、インタビューの期間がかなり長期にわたっており、話題が子供の頃のことや、他の話に及ぶこともあり、藤田氏は主に「南京虐殺」に関連した発言を取り上げ、全体を整理してまとめあげたためとし、またいくつかの歴史的事実も「付け加えた」と説明した。

“There was no original written English, so I guess that’s the initial cause of confusion,” Fujita said.

「英語の書かれた原文がなかったことが、そもそもの混乱の原因ではないかと思っている」と藤田氏は言っている。

“The story also made it look like me and Henry are somewhat at loggerheads,” he added.

「共同通信の記事はストークス氏と私が仲たがいしているかのような書きぶりだ」

“But the truth is that what I wrote in the Japanese book doesn’t deviate at all from his actual opinion.”

「しかし実際は、私がその本の中で書いたことはストークス氏の意見から乖離したものでは全くないということである」

Exploitation

週刊ポスト4月25日号に掲載されていた書評である。東宝ブログの読者の皆様にもご一読を薦める。

「【書評】『そして、日本の富は略奪される アメリカが仕掛けた新自由主義の正体』菊池英博/ダイヤモンド社/1800円+税

【評者】森永卓郎(経済アナリスト)

 * * *
 著者の菊池英博氏は孤高の経済学者だ。早くから一貫して新自由主義を糾弾し、最近では「消費税はゼロでよい」と消費税率の引き上げに反対してきた。その菊池経済理論の集大成が本書だ。見事と言うしかない。77歳になっても、筆の勢いが一切衰えていない。豊富な事例とデータ、そして明快な論理で、いま経済で何が起きているのかをあぶり出している。

 本書の主張を大胆に要約すると、公正なルールに基づく市場原理の徹底という名を借りた新自由主義は、利権を握る1%の富裕層と99%の低所得層に社会を分化した。その流れのなかで、交渉が大詰めを迎えているTPPも、自由貿易の名を借りた米国ルールの押しつけであり、TPP参加によって、日本はアメリカの植民地となり、日本の富が略奪される、というものだ。

 ちなみに著者のこうした主張を実際に交渉の現場に立つ官僚たちは、「妄想」だと斬り捨てている。彼らの主張によれば、当初こそアメリカは、自国ルールを押しつけようとしたが、日本の交渉努力によって、現状では公平な国際間ルールにもとづく日本にも大きなメリットのある協定が実現しようとしているというのだ。

 私は、著者の言っていることの方が正しいと考えている。第一の理由は、官僚に具体的にTPP交渉でどのような成果を得たのかを問うと、一様に守秘義務があるから具体的な話はできないと拒否することだ。第二は、日本には年次改革要望書でアメリカの言いなりになってきたことなど、連戦連敗の対米外交の歴史があることだ。そして第三は、混合診療の解禁など、アメリカルールのゴリ押しを交渉妥結前から、すでに政府が実現に向けて動いていることだ。

 著者は自ら研究所を主宰し、どの組織にも属していない。そして、どの企業の利権にも関与していない。著者の旺盛な発信力を支えているのは、国益や国民の生活を守りたいという純粋な正義感だ。その魂の叫びが凝縮された本書は、間違いなく今年のベスト作品だ。」

Kuroshio 114

韓国大型フェリー沈没事故
 
 四月十六日の午前八時五十八分頃、朝鮮半島、羅南道珍島郡の観梅島沖で、清海鎮(チヨンヘジン)海運所属の大型フェリー世越(セウォル)が転覆して後に沈没し、数百人の死者・行方不明者が出る大惨事が発生した。世越(セウォル)には、修学旅行中の安山市檀園高等学校二年生三百二十五人と引率教員十四人、一般乗客百八人と船の乗組員二十九人、計四百七十六人が乗船していた。現場は水深が二十七メートルから五十メートル程で深海ではないが、目立った暗礁はない海域で、当日の気象も午前中は視界良好、波高は僅かに一メートルで、航行に影響する自然条件はなかった。救出の為のボート等が走り回っている映像をみても確かに大波・高波はない。本船に設備されているはずの救命筏や救命艇の姿が見られなかったが、水圧で膨らむ筈の救命艇が四十六艘設置されていたが使われたのは一艘のみだ。テレビキャスターがヨットで太平洋横断に乗り出し、浸水・船体放棄をした後に、海上自衛隊の飛行艇が救出した時の海況よりも、遙かに穏やかであった。海運会社の実質オーナーは、新興邪教を主宰して、信者三十二人の集団自殺事件を起こして懲役刑を受けた人物であるという。
 韓国ではこれまでも大海難事故が発生している。二十年前の一九九三年に、全羅北道扶安郡蝟島(ウィド)付近の海上でフェリー西海(ソへ)が沈没した。十月十日、悪天候にもかかわらず出港して、高波の為蝟島に回航しようとし、船体が傾き転覆した。航海士が休暇のため同乗していなかった。一九七十年十二月十四日、済州島の西帰浦港を出発し、同島東端の城山浦港に寄港した後、釜山港に向かう途中に沈没した南営(ナミヨン)の事故もあった。南営は年数が二年の新造船だったが、年末年始を控えて定員三○二人のところに三三八人を乗せ、貨物も積載定量の四倍の一六〇トンを積んだ。十五日午前一時過ぎ、対馬の西百キロ付近の海上で転覆した。付近で操業していた日本漁船が乗客六人を救助しただけで、死者三百二十六人を出した。韓国海洋警察は、直前に発信したSOSを受信できなかったという失態があった。死者の数は少ないが、八七年六月に、慶尚南道巨済郡南部面海上で、観光客八六人を乗せた木造遊覧船の極東(ククドン)が火災で沈没し、二七人が死亡し、八人が行方不明となった。バスのエンジンを改造して、機関士は無資格だった。
 隣国の海難事件について関心を寄せるのは、沈没した世越が、二十年前に長崎の林兼船渠で建造され竣工して、鹿児島・沖縄航路に就航していたフェリー「なみのうえ」の後身だからだ。二〇一二年に船主のマルエーフェリー(旧社名は大島運輸。)は、商社を通じて売却した(初代のフェリーあけぼのも売却)。韓国側で改造して定員を八〇四人から九二一人に、総排水量を増加させ、二〇一三年の三月から仁川と済州島間で週二往復の定期運行を開始している。船体上後部への客室増設などは重心位置が高く後部に移動して、バランスを取るのが難しくなった可能性があり、韓国船級協会は、客室の増改築の結果、重心が五一センチ上がって復原力が低下し、積載重量の倍以上の貨物を載せていたとの復原性検査の結果を公開した。二〇〇九年李明博政権による船舶に関する規制緩和の結果の改造でもあった。船長を含む乗組員多数が逃げたのは、韓国が新羅の航海術の伝統や黒潮文明の精神を蔑ろにして陸封勢力に屈服した結末だ。世越の前身であるフェリー「なみのうえ」は、昭和三七年三月に就航した波之上丸(二四〇〇総トン)から数えると四代目で、後継としての第五代目フェリー波之上は、三菱重工業下関造船所で新技術の空気潤滑システムを装備して、二〇一二年に竣工して就航している。
 大島運輸の創業者で南海の海運王と呼ばれた有村治峯(ありむらはるみね)翁は、どんな大型船でも愛郷精神で、出身の与論島に寄港させた。東京駅前の丸の内ホテルを定宿にされ、島人(しまんちゆ)の学徒を呼んではご馳走して頑張れ(きばれよ)と激励した。大島運輸の船で印象に残るのは、何と言っても初代あけぼの丸だ。五五〇トンの船でも安定性が抜群で、多少の悪天候でも出港した。デッキを大波が洗うような時に乗船したことがあるが、船長は乗客を操舵室(ブリツヂ)に入れて寝かせてくれた。却って安心で、船の帰省を楽しみにした。船体に丸窓がなかったが、安全性を高めるための特別工夫だったのかも知れない。有村翁は、大島紬の和服姿で堂々たる恰幅の偉丈夫だったが、日頃から接待宴席を避け、那覇から田子の浦港まで富士山麓の仏閣への参詣者を大型客船で安全に輸送することにも尽力した。航海安全・奄美繁盛以外は余計だったに違いない。五十年前の昭和三七年に竣工した初代波之上丸は東京・沖縄航路に就航させたが、有村翁はお披露目として、奄美各島に回航して、徳之島では亀徳港に寄港させた。当時、大型船は接岸することができず、珊瑚礁の外に停泊した。港の中とは違ってうねりが高く、艀の伝馬船から沖合の本船に縄梯子でよじ登ったが、艀と本船の隙に少年が転落した。琉球一宮の波上宮(なみのうえぐう)の名を負う波之上丸の海員は、敢然と飛び込んで落水者を引き揚げた。少年だった筆者は、老いてなお生き永らえている。

White horror

台湾228時局講演会
蔡焜霖先生(今回、春の叙勲で旭日双光章を授与された蔡焜燦氏の弟)
「台湾の白色テロ 1950年代
〜その実情と現代における意義」

主催:台湾独立建国聯盟日本本部
日時:平成26年(2014)年3月2日 午後1時〜
会場:京王プラザホテル

①【開会挨拶・王明理委員長】台湾独立建国聯盟日本本部
http://youtu.be/dgfv8HPpEDs
② 川津清氏挨拶 交響詩「228」作曲者・山口大学名誉教授
http://youtu.be/kab-1UnE_dE
③ 司会者 多田恵氏
http://youtu.be/ERdUOX2B_70

④ 蔡焜霖 A「台湾の白色テロ 1950年代〜その実情と現代における意義」
http://youtu.be/9unB8Ct6kho
⑤ 蔡焜霖 B http://youtu.be/T-vrDwmmU5c
⑥ 蔡焜霖 C http://youtu.be/7mmZzfGls34
⑦ 蔡焜霖 D http://youtu.be/VwSrO_wsOnU
⑧ 蔡焜霖 E http://youtu.be/iWtAMeDTyyY
⑨ 蔡焜霖 F http://youtu.be/zH8h5njegH4
⑩ 蔡焜霖 G http://youtu.be/uD03OSCnICE
⑪ 蔡焜霖 H http://youtu.be/g133slHFD_s

⑫ 金美齡氏の挨拶 蔡焜霖さんとの驚くべき接点が!
(そして語られる嘗て一度だけ岸信介元総理の通訳を務めた事があるという金美齢氏が語る「岸信介の度重なる説得を聞き入れず、蒋介石が台湾を売った」という秘話)
http://youtu.be/LWOqv3cXN9s

⑬ 閉会挨拶 黄文雄 台湾独立建国聯盟日本本部前委員長
http://youtu.be/IYPnZ8C5SQg

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