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竹中平蔵氏が果たした役割と新自由主義
ジャーナリストの佐々木実氏が講演
 「月刊日本」主催によるジャーナリスト・佐々木実氏の講演会が7月4日、「竹中平蔵氏とは何者か」と題し、東京都千代田区の憲政記念館で開催された。
佐々木氏は、日本のエスタブリッシュメント(社会的に確立した制度や体制)が崩壊状態となった平成10年(1998)を日本経済のターニングポイントだったと指摘する。“ノーパンしゃぶしゃぶ接待” で金融界を監督する大蔵省
に特捜が入り権威が失墜、日本長期信用銀行(長銀)と日本債券信用銀行(債銀)が相次ぎ破綻。その長銀を設立間もない米国ファンド「リップルウッド」(2人の若い投資家で設立、1人はゴールドマン・サックス出身)が、わずか10億円で買収したことは象徴的だったし、ウォール街にとっても非常に大きな事件となった。
このような変化が起きた年に影響力を持ち始める竹中平蔵氏は、小渕政権の経済戦略会議のメンバーとなる。そこには、新自由主義的な流れを日本に呼び込んだ中谷巌氏や伊藤元重氏らの経済学者が参加していた。
リップルウッドの長銀買収成功は、米国の対日政策にも変化を及ぼす。ブッシュ政権が誕生(2001年)する直前、米国の有力シンクタンクである外交問題評議会が対日政策の新しい指針を出した。米国はそれまで日米構造協議などで日本政府に圧力をかけてきたが、「米国政府による二国間交渉より、米国企業が日本における企業活動を通じて構造的な変革を進めるトリガーとなるだろう」とレポートで提言、これから大事なのは民間企業の参入だとした。
竹中氏が小泉政権でやったことも外交問題評議会の提言に沿ったものだったと見ることができる。ウォール街の資本を大々的に導入することで日本の改革を進めるという見取り図を描いていた。彼は小泉首相の命を受け、郵政民営化担当相として民営化法案の作成に携わる。米国の年次改革要望書の通りに、郵政三事業から貯金と保険の金融部門を切り離すことに拘る郵政民営・分社化の真の狙いは“金融改革”にあった。300兆円余の郵貯・簡保資金を外資に売り渡すためのものだと国会で喝破されたし実際、民営化されて以降の西川体制下における郵政グループの経営と組織の動きが証明している。
南部靖之代表率いる人材派遣業のパソナグループを急成長させたのも、小泉政権が進めた平成16年の労働規制の緩和だった。労働者派遣法が大幅に改正され人材派遣業が急拡大。“構造改革”で労働規制が緩和され派遣会社は潤った。小泉政権で経済財政担当相などを務めた竹中氏は19年2月、パソナの特別顧問に就任した。恩恵を受けた南部代表が“構造改革”の指揮官を三顧の礼で迎え入れたのは非常に分かりやすい構図だ。
そんな竹中氏が、安倍政権の誕生で麻生副首相らの反対があり「経済財政諮問会議」メンバーにはなれなかったものの、より法的権限の弱い「産業競争力会議」の民間議員として国家戦略特区構想に邁進。特区法を制定する段階で、国家戦略特区諮問会議を経済財政諮問会議と同レベルの首相直轄「重要政策会議」と位置づけ、自ら有識者議員に収まる。産業競争力会議も、いつの間にか経済財政諮問会議と合同開催になっている。パソナの取締役会長となった竹中氏は今や、産業競争力会議や国家戦略特区諮問会議の場で“我が物顔”。安倍政権下で自分に権限が集中する“器”をつくり上げたのだ。
経済学の学的実績はほとんどない竹中氏が影響力を持つようになった秘密を解く鍵の一つは、テクノクラートとしてのテクニックとその能力。何かやろうとする時、彼の下には必ず元官僚がいる。小泉政権時は経産省出身の岸博幸氏や大蔵省出身の高橋洋一氏、安倍政権でも国家戦略特区構想を実現する際、元経産官僚の原英史氏を上手く使っている。法案を作る能力を持ち、官僚をどう御していけばよいか熟知している人物を置く。自分の考えを政策や法律に落とし込む環境づくりに非常に長けている。
昨年12月、特定秘密保護法のドサクサに紛れ成立した国家戦略特区法には、諮問会議メンバーの条件として「構造改革の推進による産業の国際競争力の強化に関し優れた識見を有する者」という一文が盛り込まれた。規制緩和の旗振り役が規制を設け、竹中氏のような急進的構造改革派しかメンバーになれないようにした。安倍首相も「会議の意思決定には“抵抗大臣”となり得る大臣は外す」と国会で答弁。政権内で再浮上した「残業代ゼロ制度」に厚生労働省も難色を示すが、厚労相が抵抗すれば政府の意思決定に関与できない。国民の大勢が「ノー」と言っても無視され、少数の急進派の意見だけがまかり通っていく図式。
 では、竹中氏らが強引に推進する“構造改革”とは何なのか。小泉政権の閣僚時代に部下の官僚から定義を問われると、竹中氏は「ないんだよ」とアッサリ認めたという。規制を取り払って競争をうながすのが第一、目指す社会ビジョンは極めてアヤフヤだ。
小泉構造改革のスタートから約15年。派遣労働の拡大など国を挙げて規制緩和の綻びを検証すべき時が来ているのに、彼らは不都合な事実に目を伏せる。緩和のアイデアが出尽くすと、今度は医療・教育・農業などビジネスの尺度だけでは測れない規制を“岩盤規制”と称し緩和を推し進める。人材派遣大手のパソナ会長でもある竹中氏。利害関係のある人物が雇用規制の緩和に関与するのは、政治が生む利益を追い求める“レントシーカー(利権あさり)”そのもの。その一方で、慶應義塾大学教授として“日本を代表する経済学者”の如く振る舞う。
安倍政権で竹中氏は復活したが、新自由主義的な政策を支えているのは“知識の体系”を備えた経済学だということに着目する必要があると佐々木氏は警鐘を鳴らす。チャールズ・ファーガソン監督が、米国社会における経済学者と金融界の癒着を描いたドキュメンタリー映画「インサイド・ジョブ」を制作し、「強欲の帝国―ウォール街に乗っ取られたアメリカ」(早川書房)を著し経済学者とウォール街の癒着を徹底的に追求した理由も経済学や経済学者が果たしている役割の大きさに気が付いたからだし、佐々木氏が「市場と権力」で経済学に詳しく触れたのも同じ理由からだという。
と同時に、東西の冷戦構造が終結し社会体制としての「社会主義」対「資本主義」という大きな対立軸がなくなった間際を突いて出て来たのが、堅牢な知識体系を持つ経済学だったとの見方も成立するのではと指摘する。
そんな中で今、混迷する世界や日本の現実を前に冷戦時代のイデオロギーにとらわれず身近な問題から思考を深めようとする若い世代の動きも出て来ている。アメリカ型の市場原理主義は、日本社会が抱える問題を解決する処方箋にはなり得ない。むしろ、市場原理主義こそ問題の核心である。それを体験的に知っているのが“雇用崩壊”の被害者である若年層であり、社会を導く新たな思想はこの世代を中心に生まれてくるのかもしれない。
その結実いかんでは遠くない将来、「新自由主義や市場原理主義と呼ばれたイデオロギーは、新しい思想が誕生してくる過渡期に生まれた“鬼子”だった」と言われるようになるのではないかと結んだ。
【ささき・みのる】昭和41年生まれ。大阪大学経済学部を卒業後、日本経済新聞社に入社。平成7年に退社しフリーに。小泉政権下で“構造改革”を推進した竹中氏の実像に迫った「市場と権力」で25年に新潮ドキュメント賞、今年4月には日本文学振興会主催の大宅壮一ノンフィクション賞(書籍部門)を受賞。

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