構造改革、民営化、市場原理主義の虚妄から、マインドコントロールを解くための参考図書館

« 4th Anniversary | トップページ | Kuroshio 133 »

Kuroshio 132

鉄輪と藤蔓──洩矢神対建御名方神

  関西の読者から、高師小僧が愛知県豊橋の高師原の地名にちなんだ褐鉄鉱の名前であるのであれば、大阪府高石市から北の堺市西区の浜寺にかけての高(たか)師(しの)浜(はま)もまた古代製鉄の故地を示しているのではないか、との便りがあった。高師浜は白砂青松の景勝地で古来名高い「歌枕」だった。古今集は紀貫之の歌「沖つ波高師の浜の浜松の名にこそ君を待ちわたりつれ」を載せ、万葉集には「おほともの高師濱の松が根を枕きぬれど家し偲ばゆ」(置始東人)(おきそめのあずまびと)とあり、小倉百人一首の第七二番目にも、「音に聞く高師の浜のあだ波はかけじや袖のぬれもこそすれ」(祐子内親王(ゆうしないしんのう)家紀伊(けのきい))とある。昭和三〇年頃までは東洋一の海水浴場などと言われたが、沖合に臨海工業地帯が造成され、元の海岸線沿いが浜寺水路として残っているだけで景観を一変させてしまった。確かに、近くに江戸時代の鉄砲鍛冶の屋敷跡が現在まで残っているのを見ても、戦国時代の鉄砲生産と所縁のある土地柄である。種子島に鉄砲が伝来するや、直ぐさま堺で鉄砲...を製造できたのも、豊橋の高師原や高石・堺の高師浜で古代より湖沼鉄を原料にして古代製鉄が行なわれてきたからに相違ない。百済系の渡来人高志(こし)氏の祖といわれる王(わ)仁(に)を祀った高石(たかしの)神社も近くにある。王仁一族は工芸に秀でて高石市大工村(高師浜の一部)の村民の大半は大工を家業とし、明治維新までは京都御所の内匠(たくみ)寮の支配下にあったという由緒ある町である。

  『諏訪大明神絵詞(すはだいみようじんえことば)』などの伝承では、諏訪大社に祀られる建御名方(たけみなかた)神は諏訪地方の外から来訪した神であり、土着の洩矢(もりや)神を降して諏訪の祭神になったとされるが、このとき洩矢神は鉄輪(かなわ)を、建御名方神は藤蔓(ふじつる)を持って闘ったとされ、製鉄技術の対決を表わしているのではないかという説があることも最近になって知った。つまり、湖沼鉄を使う古代からの芦刈(あしかり)製鉄と蹈鞴(たたら)製鉄という新しい製鉄方法の抗争があって、蹈鞴製鉄側が勝利したとの説である。洩矢神とは長野県諏訪地方を中心に信仰を集めた土着の神様のことであるが、建御名方神が諏訪に侵入した時に、洩矢神は鉄輪を武具として迎え撃つが、建御名方神の持つ藤の枝により鉄輪が朽ちてしまい敗北したので、洩矢神は諏訪地方の祭神の地位を建御名方神に譲り支配下に入ることとなったという伝承である。藤蔓が武器とは訝(いぶ)かしいが、藤の枝で編んだ笊(ざる)が砂鉄を集める道具だったことから、蹈鞴製鉄の象徴と考えられる。中世・近世においては建御名方神末裔とされる諏訪氏が諏訪大社上社の大祝を務め、洩矢神の末裔とされる守矢(もりや)氏は筆頭神官を務めた。建御名方神は風の神ともされ、元寇の際には諏訪の神が神風を起こしたと伝えるが、「水潟(みなかた)」の意ともなり、南方(みなかた)、宗像(むなかた)にも通じることを連想する。葦原の中国の国譲りの争いにも建御名方神は登場するも、建御雷(たけみかづち)神との力比べで、科野の国の州羽(すは)の海まで追い詰められ遂には服従することになる。この神話が『古事記』にのみ残り『日本書紀』に記されないことは、湖沼鉄の勢力に勝利した建御名方神が鹿島や香取を中心とする建御雷神の勢力に敗北し権力を奪われながらも、正統性の継承だけは主張しているかのようだ。製鉄原料の葦原の支配をめぐる抗争は文字通り「国譲り」の争いだった。

  湖沼鉄の広がりは日本列島ばかりではない。古代のエジプト等にも湖沼鉄の使用が確認されているが、スウェーデン鋼の製鉄方法が湖沼鉄による典型と考えてよい。スウェーデン鋼とはスウェーデンで造られる鋼と言うだけのことであるが、包丁や刃物は一般的にスウェーデン鋼と銘打っただけで売れ行きが伸びるほど名声と実績を伴っている。元々は、農民が鉄の鍋釜を製造するのと同じように、錆びる鉄である炭素鋼を湖沼鉄を原料に製造したものであり、バイキングがヨーロッパ世界に進出する原動力ともなったことが指摘されている。特にスウェーデン鋼の原料の鉄は、硫黄分が少ないという点では日本の砂鉄と似ており、鋏や刀といった切れ味を大事にする鉄製品に好都合である。湖沼鉄は比較的低温で溶融するが、だからといって、その製品が劣っているわけではない。明治時代に釜石で磁鉄鉱を高温で精錬しようとして試行錯誤を重ねたとき、逆に古い時代の製鉄手法に戻って温度を低めに設定して鉄の純度を下げたら成功したという逸話も残されている。

  日本刀などは、鉄の純度が高いので土に埋められたりすると容易に錆びて原形を失ってしまう。純度の低い鉄で造られた大陸渡来の刀が、埋められて後で掘り出されたとしても原形を留めていることがあるのは、石上神宮の七支刀などに例がある。三種の神器の草薙の剣も錆びずに今に伝わることから、舶来刀である可能性が高い。ちなみに、郵便局で、日本語の文字を読み取りながら、郵便番号を併用して郵便物を区分したり配達のための順番を組み立てたりする自動機械が開発され採用されているが、機械そのものは日本の会社の製品であっても、肝心要の印字部分の日付印には、摩耗が少なく耐久性のあるスウェーデン鋼が使用されていることを記しておきたい。(つづく)

« 4th Anniversary | トップページ | Kuroshio 133 »

コメント

この記事へのコメントは終了しました。

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: Kuroshio 132:

« 4th Anniversary | トップページ | Kuroshio 133 »

2022年2月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28          

興味深いリンク