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Kuroshio 133

征服された者の悲哀をその克服

列島の東北から南西の各地へと蝦夷が移住を余儀なくされた俘囚郷こそ、全国に散在する別所村だと菊池山哉は大著『別所と特殊部落の研究』(東京史談会、一九六六)で結論づけた。柴田弘武『鉄と俘囚の古代史・増補版』は菊池山哉の実地調査を更に補充して全国の四九三ヶ所の別所村のほぼ半数を踏査し菊池説を支持している。別所村の多くに製鉄・鍛冶などの伝説を見出し、大和朝廷の蝦夷征伐の目的が鉱物資源の獲得にあって、製鉄技術と労働力の確保が大和朝廷の全国統一の原動力となったと結論づけているのは新鮮な驚きである。金属に対する知識・技術の伝統が後の大航海時代に至って、西洋の強圧に立ち向かって直ちに鉄砲を生産できる基本になったと想像したが、単に生産の優越と保持を愉快とするのではなく、列島の原住民でありながら、日本刀の鍛冶が可能であったからこそ逆に被差別の対象となったとすれば、防人が西国に赴く出陣の哀愁を超える悲哀の克服を祈るものである。慈覚大師円仁所縁の寺名が、東の光、東光寺となっているのは、おそらく故なしとはしない。俘囚の村は隼人の邦にはなかったとするが、事実であれば、黒潮の民の隼人と原住民としての蝦夷との並立共存は、また山幸と海幸との鉄製の釣針の入手・喪失の物語として、日本版カインとアベルの神話の新たな解釈可能性を惹起する。

また菊池山哉は旧辞(ふるごと)と本辞と(もとつごと)いう古事記序文に出てくる用語に着目して、旧辞は通訳が必要であった列島の原住民の言葉ではなかったかと推論する。日本民族は、命(みこと)民族、神民族、原住民である日高民族の三派からなるとしているから、この論理を貫徹すれば、命民族と神民族が本辞という共通する言語に至ったことになる。片山龍峰『日本語とアイヌ語』を引用して両者の共通性について理解を深め、智恵(ミネルヴァ)の鳥フクロウを「チクフ」と呼ぶ南島と北方との名前の共通性について以前追論したことがあるが、最近列島の民のルーツを科学的に探求する議論が高まってきたのは喜ばしいことである。

ハワイの島々にはサトウキビの生産輸送用の軽便鉄道が残って観光資源となっている。沖縄本島や大東島にサトウキビ輸送のための軽便鉄道があったことと同じである。蒸気機関が日本海側の潟の干拓のポンプに使用されて、新潟などの都市が出現するに至ったのであるが、逆にハワイあたりでは白人が単一農業の大農園の支配者として登場して、原住民は単純労働者として追いやられてしまった。島々の観光地の脇に集落があり、そこにはハワイ原住民がちゃんと暮らしていることを発見するが、観光地の華美とは無縁の世界である。軽便鉄道の観光会社の原住民の従業員が、海岸線の風光明媚な場所が白人資本に買い占められて、祈りの場所であった浜辺すらもプライベートビーチになってしまって立ち入り制限されているとの嘆き節を聞くのであるが、現実は一顧もされていない。併合されたハワイに僅かに独立運動が残るが、宜(むべ)なるかなである。

沖縄でも、戦後の米軍住宅は高嶺の花であった。最近では沖縄の高速道路から米軍基地内の住宅を眺めることができるから、芝生の緑が広がる住宅街を見ても、那覇の小禄あたりの住宅地では米軍住宅よりも遙かに高級な造りのコンクリート住宅が沢山あり、マンションでも大型の台風が来てもアルミサッシがぎしぎし音をたてるくらいの堅牢な建物が増えたからもう米軍住宅を羨ましいとは思わなくなったのである。最近では、その外国軍隊の兵舎や住宅が日本国民の税金で建設されて、さらに、地域の住民の住宅より豪華な内装の施設が供与されるようになり、しかも、その事実が本国で喧伝されることなく既得権となり、片務的な地位協定が維持されたままで、なかには、基地内に住まず町中のアパートを借りて住む軍人が増加すれば、それが沖縄の住民の反感を呼ぶのは当然である。外国軍隊のために新たな基地を日本側の経費負担で建設することに対する怨嗟は相当なものがある。軍隊費用を日本に負担させることを潔しとしない心ある米国民も多いのではないだろうか。思いやり予算は確かに同盟国の財政が苦しいときの配慮ではあったが、自らの国防を怠って外国軍隊に安全保障を依存し、国の経費として平成二七年度予算で特別協定分一四一六億円を含め一九一二億円を支出するのは、とても対等な日米関係とはいえず、この倒錯した状況は速やかに打破すべきである。

台湾の李登輝元総統が司馬遼太郎との対談で「台湾の悲哀」について発言したことを思い出すが、さらには台湾の山岳髙地に住む台湾原住民の悲哀にも思いを致さずにはいられない。阿里山の山岳登山鉄道がサトウキビの輸送や木材切り出しのためばかりではなく、幼児の玩具となるほど原住民が誇りに思うように設計されたのは総督府の志の高さを規(はか)る標である。終点のホテルは今も立派な近代的宿泊施設であり、炎が映像となったストーブで暖をとる。甲子園で準優勝した嘉義農林学校野球部を題材にした「KANO」が日本でも上映開始されたが、台湾の悲哀を克服させる契機となった。(つづく)

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