構造改革、民営化、市場原理主義の虚妄から、マインドコントロールを解くための参考図書館

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2015年5月

A Red Thread

先人が紡いだ「〒」の赤い糸

 3月14日、北陸新幹線が長野から金沢まで延伸、開業。北信越が1本のレールで繋がった。
「かがやき」は東京から金沢まで最短2時間28分だ。
 信州・飯山には「全特会歌」を作詞した岸田弥一郎氏が局長を務めた富倉郵便局が、新井(現妙高市)と飯山を結ぶ富倉街道の峠にあった。岸田氏のことは田中弘邦全特顧問が「国営ではなぜいけないのですか―公共サービスのあり方を問う」(平成16年、マネジメント社)の後書で触れている。戦国時代、武田信玄との戦に臨む上杉謙信が軍を率い、春日山城を出て富倉峠を越え飯山入城に利用した道としても知られる。...
 越後・上越妙高駅は、明治4年に郵便事業を創業し“近代日本郵便制度の父”と呼ばれる前島密翁が生まれ育った高田に近い。生家跡に功績を讃える前島記念館が建つ。今年は生誕180年に当たる。
 糸魚川を経て越中に入ると富山~新高岡の中間に射水市がある。小杉(旧小杉町)には、映画「大河の一滴」で“名優”三國連太郎演じる特定局長の舞台として使われた旧小杉郵便局が残る。
 大正13年、須藤利作局長が集配取扱3等郵便局として自費で建てた局舎。外部は土壁にコンクリートが貼り付けられ、クリーム色仕上げ。鉄製防火扉による耐火構造で、正面屋根の〒マークが目を引く。とやまの文化財100選(近代歴史遺産)の一つだ。
 終点・金沢は加賀百万石の城下町、日本3名園の兼六園や尾山神社、長町武家屋敷跡、茶屋街、市民の台所・近江町市場、繁華街・香林坊など新旧織り交ぜた観光名所には事欠かない。徳田秋聲、泉鏡花、室生犀星の金沢3文豪を生んだ土地でもある。また「朱鷺の墓」や「浅の川暮色」などの著作を発表し“第二の故郷”と呼ぶ五木寛之が30代に暮らした街だ。
 「大河の一滴」は平成10年に幻冬舎から出版、ベストセラーとなった五木の随筆。映画は五木が原案を作り、新藤兼人脚本で神山征二郎監督がメガホンを取って東京、金沢、ロシアにロケ敢行、13年に東宝系劇場で公開された。出演は三國連太郎、倍賞美津子、安田成美、渡部篤郎、南野陽子、セルゲイ・ナカリャコフら。大河も始まりは一滴の水。映画は氷が解け、水が滴り落ちる象徴的な画面からスタートする。
 余命幾ばくもない末期肝臓がんの父親が生きる姿を通し、家族の深い絆と若者の純愛の行方を描いた作品だが、三國演じる特定局長の生き様が心に残る。 入院も手術もせず仕事に打ち込み、本来は文学志望だったが親の郵便局を継いだことなどを娘に打ち明ける。そして「自分の信念で生きるんや」との言葉を贈り、臨終を迎える。地域と密着し、共に生きた一徹な特定局長像が胸を打つ。
 こうして見てくると「全特会歌」作詞者・岸田弥一郎→“近代日本郵便制度の父”前島密→旧小杉郵便局→大河の一滴の主要な舞台・金沢が、北陸新幹線を通し1本の糸で結ばれる。「郵政事業と郵便局・局長」という太い「〒」の赤い糸だ。
 個々の人生には限りがある。しかし点(一滴)は線となり、精神や文化を育むとともに歴史(大河)として流れていく。
 全特総会は5月24日、金沢市「いしかわ総合スポーツセンター」で開催される。「♪流氷きしむさい果てに/炎熱燃える南国に/文化を拓く魁けと/空にはためく郵政旗/ああ全特に使命あり使命あり」の「全特会歌」が会場に響くことだろう。
 日本郵政と金融2社の同時上場が秋以降に予定される。郵政新時代の到来を見据えつつ、先人の精神を引き継ぎ具現・深化させていくような総会となることに期待したい。 (北信越列藩同盟)

以上の名文が、郵政関係の業界新聞に掲載されていたが、郵政民営化をそれに続く株式の同時上場など、外国勢力が後ろで黒い糸?をひく虚妄の上塗りでしかない。北陸金沢で,全国郵便局長会の総会があり集結すると聞いている。万機公論に決するで、株式の上場の適否について議論をして欲しいものだ。歴史を結ぶ赤い糸が切れないことを祈るばかりだ。当方ブログにも毎年総会への案内状が来ていたが、どういうわけか、今年はなしのつぶてだ。人の付き合いは遺憾ながら荒野の七人ではないが、悲しくもそんなことかも知れない,し、悪辣な新自由主義のカラス天狗の手先が局長会の組織にもいよいよ入り込んで敵視したに違いないが、また、君子の交わりは淡き水の如しと思い定めることにしたい。

Fake Privatization

会員制の月刊雑誌, Facta(ザ・ファクタ)が、大見出しで、日本郵政「上場ゴール爆弾」とつけて、副題を、NTT以来の超大型案件だが,ご祝儀相場の初値のあとは転げ落ちる懸念、何といっても「成長戦略」が見えない。とした、4ページの記事を掲載した。Factaは、最近でもオリンパスの不正事件に調査報道をして、世界的に注目された記事を掲載して、日本の外国特派員協会から報道の自由の顕彰を受けたばかりである。日本を代表する経済誌となっている。その六月号の記事であるが、詳細にご関心の向きは、記事の本文にあたって頂くこととして、ここでは、問題点を抽出するためにそのさわりの部分を紹介することにとどめた。勿論、当方ブログは、郵政の株式を売却することに批判的であり、特に外国勢力に売却することには反対してきたから、我が意を得たりの記事がようやくにして現出したと感じる。大マスコミなどは、知ってか知らずか、なんの報道もしない。世界最大級の国民資産の簒奪の問題であるにもかかわらず、政治家の声もようとして出ていない。

http://facta.co.jp/article/201506026.html

以下、要約。

IBMとアップルのトップに挟まれて、日本郵政の社長が記者会見する写真がまず冒頭に掲載されている。異例中の異例、米国にも幅広い人脈を有する西室泰三・日本郵政社長ならではの「演出」だ、と説明している。

三社提携による「高齢者支援サービス構想」を華々しく打ち上げたが、この会見は、4月30日にニューヨークで開かれたが、その理由は、27日からの四日間、社長は投資家ミーティング(いわゆるロードショー)の為に米国を訪れていたからだ。IBMとアップルを巻き込んだ会見の真の狙いは、日本郵政株の投資妙味を最大限アピールすることにあったわけだ。

株式同時上場を目指す日本郵政とゆうちょ銀行、かんぽ生命保険の経営陣は、8チームに分けてニューヨーク、ロンドン、香港・シンガポールなどのロードショーに出かけた。社長は、ニューヨーク、ボストン、米国西海岸を回り、四日間で16社の投資家を回った。その総仕上げが共同会見だった。

「古巣の東芝時代に米国駐在が長く、IBM本社の社外取締役も務めた真骨頂とも言える演出だったが、西海岸に本社を置くアップルのクックCEOも含めた3人で日程調整するのは,さぞかし骨がおれただろう。株式上場への焦りも透けて見える。」

NTT上場以来の超大型案件だ。IPO(新規株式公開)総額は軽く一兆円を上回り、株主数は未曾有の100万人にも達すると推測される。裁定でも三回に分けて日本郵政株の三分の二を売却する計画。現在は株価が上昇しているので、タイミングはいいが、鳴り物入りのロードショーでも、投資家の反応は総じて鈍かった。日本郵政グループの評価が低い理由は、「エクィティストーリー(成長戦略)が描けない」という一点に尽きる。

純利益の推移を見れば一目瞭然だとして、17年度の純利益を4500億円を想定しているが、13年度のじっせきにも届かない数字で、グループ全体として利益の上積みが期待できない状況にあることが分かる。ゆうちょ銀行もかんぽ生命保険も、政府関与がある限りは業務拡大、新規事業展開に厳しい手かせ悪しい加瀬が残る。本丸の郵便事業縮小にも歯止めがかからない。加えて,収益力はその図体ほど大きくはない。クロネコヤマトの純資産hあ、日本郵便の五分の一強だが、純利益は日本郵便を上回る。郵貯は、三菱東京UFJの半分しか稼げない、資産効率の悪さはかんぽもまた同様だ。上場の主幹事証券団も慎重だ。試算によれば、IPO時の時価総額は7兆9千億円と見積もられ、民営化を経て上場した、NTT、JT(日本たばこ)を下回る公算が大きい。(逆に外資に獲っては大安売りになるか)

親子同時上場という仕組みも,投資家には理解しにくい。本来なら子会社が先に上場してその完全民営化を示した上で,親会社が上場するのが筋で、日本郵政の企業価値がガラス張りで評価できるのだが、既に政府は、日本郵政株売却によって4兆円の復興財源を当て込んでいるから後回しにできないのだ、とFactaは書いている。成長性略をかけないので、ロードショーではん、業績安定、株主還元、を強調している。なんと配当性向に関しては、日本郵政とゆうちょが50%以上、かんぽは30~50%という高水準の目標を提示した。これは、原発事故で吹っ飛んだ東京電力の株の宣伝文句と同じで、巨額の国債を保有する日本郵政グループは、金利情報で、大赤字に転落する懸念もあるから、業績安定も絵に描いた餅になりかねない。

2月にオーストラリアの物流大手の買収を決断したのは、直になんと50%ものプレミアムをつける大盤振る舞いをしているのは、「利益」を買おうと謂うわけだ。トール社の純利益は、約280億円でのれん償却があるから、百億くらいの稼ぎが日本郵便に上積みされる計算になり、買収総額が6200億円に見合うかどうかと謂う判断をおいても、IPOに向けて「お化粧」を施す手立ては他になかったのだろう。これから上場まで第二のM&Aに踏み切る可能性も小さくはない。

経営陣は派手にみえるM&Aの空中戦を仕掛ける一方で、現場は、シェア重視、規模拡大の白兵戦で消耗している。ヤマトがメール便をやめて営業攻勢をかけて、シェアは急上昇したが、値引きをやって採算が改善するわけがない。ゆうメール、ゆうパックの営業損益は、14年度に見込んでいた黒字化も先送りだ。(13年度は332億円の赤字)

ゆうちょも、流石に、プラス六兆円の旗はおろして4兆円にしたが、菌入り上昇リスクにさらされている中で、拡大志向はとどまらず、あろうことか、ゆうちょ・かんぽの限度額引き上げの議論まで飛び出し、参議院選挙で組織力を見せた全特(全国郵便局長会)にすり寄るように自民党内でも賛成の声が広がっている。郵政民営化に逆行する動きだ。「経済合理性を重んじる民間企業の発想ではない。予算獲得に通じる役人の悪弊だ」

民営化当初は9人のうち6人は民間出身だったが、今は13人の内5人であり、民営化とはあべこべになっている。新郵政省と揶揄される状態の反動が生じており、その頂点に立つのが、総務事務次官を務めた人物である。菅官房長官からの信頼が厚いだけに、総務省と謂えどももの申し肉に空気があると評されている。人事・組織調整手腕の功は多としても、最大の問題は日本郵政の事業特性にある。NYTT,JR JT等の場合、業種に特化して公社時代から専門家が育っていたが、郵政の場合は、金融のプロフェッショナルは皆無に近い。たった一年前にも、「このままでは、(株は)うれないのでこうすべきだということを(日本郵政に対しては)言っている。株式市場のガバナンスに耐えるかたちをつくっていかなければならない」と売り出し手の財務省幹部は公言したものだ。

八月末から、最終ロードショーを行い、10月から11月にも、IPOすると目されるが、現状では株価が初値を下回る「上場ゴール」の懸念なしとは言い切れない。「100万人の株主が損を被ればNTTと同じく社会問題化するのは必定で、そうなれば現政権も返り血を浴び、ひいては日本経済全般に悪影響を及ぼす怖れすらある。」

Kuroshio 137

日本語と世界言語への可能性

英語のworldは、日本人にとってなかなか発音しにくい単語だ。ワールドと書くが、その通り読んでも英語の発音にはならない。軽く口を開けて舌先を丸めた状態で、喉からアーと発音すると良い。アングロサクソン系以外の人には発音が難しいらしく、フランス系カナダ人の先生からは、ニューヨークでは日本語のまま読んでウォイルドと発音した方が通用すると教えてもらった。喉から絞り出すような中間の母音が南島の方言には残っているから、黒潮の民にとっては練習すればそれほど難しくない。南島では、子供のことをクアーと発音するが、その音が喉から出るアーの音に近い。喉からイーと発音する音はどうだと言う議論が次に来るが、臭い話でおならのことをフイーと言う。そのイーがワールドの英語のアーのように、喉からつまって出る発音だ。目のことをムイーと言うが、そのイーの発音も同じように喉から発する。フイーの場合のフの発音は、Fの破裂音に近く、遮ぎるものがなく抜けてしまうようなハ行の音ではない。目の発音のムイーのムは、窪みや穴という意味もあり、イョンムイーとは、厳(いわお)の穴、つまり洞窟のことだ。いろは歌の有為(うゐ)の奥山のゐの発音とは異なる。次に、ウーの音だが、数字の十がその音だ。今では、「とー」と発音されているが、トゥーでこれまた喉から出る音である。鶏をおびき出すように呼ぶときの声が、トートーで、数字の十の発音と同じである。人を呼びかける時のエーの発音が同じだ。ここに来てご覧、と言うときに、エー、カンチーメ(ここに来てみて)、という具合の相手に呼びかける声になる。標準日本語にはゑの字も失われつつあるが、あさきゆめみし ゑひもせすのゑとは違うエーの音である。黒潮の民の言語には、母音が強弱に応じて複数行あったのだ。平仮名のあいうえおと、喉から出る詰まった発音のアイウエオの二種類があったのではないだろうか。や行のイ、ヱもあったし、わ行のヰも于もそれなりの音があったと思う。んの音もあった。

 ハーバード大学の日本語の教本に「山の音」と言う題がついた例文が載っていた。日本語の特徴は、右の脳で感じて左の脳で考えることを瞬時に行っている言語であるから、日本語の特徴を的確につかむ例文の題は適切であった。漫画では、音のない場面に「シーン」と書いてある。更けゆく秋の夜のすだく虫の音がスイチョ、と聞こえ、セミの声が、時雨のように聞こえながら、ツクツクボウシと左脳で符号にしているが、欧米人には虫や蝉の声は雑音だ。言語障害で文字が読めなくなる場合があるが、アルファベットの母国語をもつ人の場合には、読めるか読めないかだけのことだが、日本語を母国語とする場合には、漢字だけが読めない、カナだけが読めなくなる、漢字の意味は分かるが読みが分からなくなるなど様々な症状が出る。平仮名で書くのか、カタカナで書くのか、漢字で書くのかによっても、微妙な意味あいが異なるし、大日本(おほやまと)に醇化していない外来の概念は、いつまでもカタカナに留まっていることがある。最近ではどうしようもなくローマ字のままで放置されている事例も見受けられる。コンプライアンスとかシンパシーなどと横文字のままで居座っている横柄は、そもそも怪しいと左の脳が受けとめているからだが、どんどん巷に増え続けているのは遺憾千万なことだ。

 標準の日本語は、五つの母音とあかさたなはまやらわの清音との組み合わせで構成される二次元の行列になっている。日本語が、母音を左脳で符号化して、それと清音や濁音、それに拗音と組み合わせて構造化していることが基本だ。日本語の濁音は、清音に強弱をつけるためにあるが、その必要がなかったからか、南の島ではラ行とダ行とを区別できない人々も多数いた。ラジオとダジオが区別できず、濁音の優しさにもっと優しいヲが加わった。RとLの区別も、右と左の区別を凜(りん)とする必要がなく、権力の圧迫の緊張がなかったからだ。ラテン系の言語も母音で音節を終える言葉が多く、日本語に似ているが、イタリアに詳しい親戚の者に聞いてみたら、RとLとを区別しない曖昧な地域が結構あるとのことだった。

 日本語は母音単音がひとつの言葉になる。あいうえおの一文字だけの色々な単語があるが、日本語を母語とする人以外には、単音を言語として認識できない。黒潮の民は、母音を聞き分け、符号化して分類し、統合する能力を持っている。だから、音声を切り出す単位が桁違いに多くなる外国語を習得することを、日本人が億劫に思うことは当然である。漢字は母音を基軸としない子音中心の言語に、意味がくっつく複雑さがあり、表意のパターン認識は便利だが、威嚇する発音に強い違和感を持ったのは当然で、たおやかな母音中心の日本語に馴らすために、訓読みを当てて長い時間をかけて苦心惨憺・取捨選択して醇化して来た。あいうえおに加えてアイウエオの母音が併存する黒潮文明の言語世界で、五十音を百音に拡張して計算する可能性を更に切り開けば、人間の関係を高度に安定させる世界言語として顕現する可能性が確実にあると思う。  (つづく)

Struggle against Totalitarian Regine

2008年の8月に書いた拙文である。何故、今ごろになって再度掲載するかというと、一昨日、故正垣親一氏と行動を共にした片岡みい子氏に、東京の郊外のレストランでお会いしたからである。正垣さんが逝去されてから時が経つのは早いもので、15年にもなった。御墓参りに行けずに義理を欠いているとする友人がわざわざ沖縄から東京に出かけてきて、共通の知り合いが経営するレストランで会食をすることになった。ささやかながら、故正垣親一氏を偲ぶ会になった。死ぬ五日前に令夫人となった片岡氏が、「たいへんよく生きました」と題して、正垣親一という「90年代ロシアの支援に奔走し、ロシアとともに生きた男の半生をパートナーの視点から描いた胸に迫る追悼のドキュメント」を今年の2月に出版された。モスクワの独裁政権が国際共産主義の中枢であったときには、全体主義のソ連と闘う日本人はほとんどいなかった。どちらかと言うと、社会主義礼賛の勢力が幅を利かしており、大方の日本の反体制の左翼知識人が全体主義の暴虐には追従するばかりか沈黙する中で、正垣親一氏は、国際サハロフ委員会のメンバーともなって、正面からソビエト全体主義の抑圧と対峙した。ソ連崩壊の混乱の中で、組織に頼らずに、無料食堂などの救援活動を行った。新刊の書は、壮絶な闘病生活はもとより、並外れた行動力をもった故正垣親一氏を追悼するばかりではなく、愛の賛歌ともなっている。ご一読をお薦めする。(最近、ソビエトウォッチャーのひとりロバートコンクェストのことを書いたら、米国で自由勲章を受章されたとの記事が目にとまった。比較するわけではないが、故正垣親一氏の功績は、人間の自由を守った英雄と呼ぶに値すると思う。絶え間なく発信され続けた膨大なファクシミリの記事などは日本のどこか残こっていないだろうか。もし残っていれば、ロシアの地下活動についての日本語による貴重な記録にもなるのだが)
以下拙文。

「8月2日、ロシアの文豪ソルジェニーツィン氏が、逝去した。独裁者スターリンの体制下で逮捕され、収容所生活を描いた文筆活動が注目され、70年にはノーベル文学賞を受賞した。外国に追放され、アメリカのヴァーモント州での亡命生活を余儀なくされたが、スラブ民族主義者として、ソ連崩壊後の祖国の再建のためには、ロシアの伝統を大事にすべきだと主張して、欧米の市場原理主義を批判した。ロシアが第三世界化される可能性についても批判を加えた。むしろロシアの復権を強調するプーチン大統領を称賛する晩年となった。
アンドレイ・アマルリク氏や正垣親一氏が存命であったら、どんな論評になっただろうかと思う。
アンドレイ・アマルリク氏は、「1984年までソ連は生き延びれるか」という論考が、1970年にューヨークのダブルデイ社から刊行されて知られるようになった。70年の11月に逮捕され、カムチャッカのコリマの収容所に送られた。5年の流刑を終えて、モスクワに帰った。イスラエル行きをソ連は勧めたが、拒否して同年九月には再度逮捕される。76年にオランダ行きのビザを入手して、ユトレヒト大学で教鞭をとり、その後アメリカに移った。アマルリク氏は、高校をまず卒業前に放校され、59年にはモスクワ大学の歴史学部に入学する。大学でも、9世紀のロシアにおいて果たしたスカンジナビア人とギリシア人の役割をスラブ人よりも評価する論文を書いて、大学当局の逆鱗に触れて退学となる。65年5月に逮捕され、トムスクの近郊の村に送られるが、父の死があり、モスクワに帰ることが許される。タタール人の芸術家、ギューゼル・マクディノーバと結婚したのはこの頃である。弁護士の支援もあってか、2年半の刑が短縮されて、66年2月には、又モスクワに帰る。68年のチェコスロバキアに対するソ連侵入の事件後、いよいよ弾圧は強まる中で、69年5月と70年2月には、アパートの捜索を受ける。
「1984年」は、勿論、ジョージオーウェルの全体主義批判をもじったもので、一種の文学的な予言の書としては受け入れられたが、当時まともにソ連が崩壊するなどと考える者は、ソ連の内部にも、外部のアメリカにもいなかった。ソ連の経済規模を西側は過大評価しており、張子の熊?だったことが明らかになった。
1980年11月12日、マドリッドで開催された、ソ連崩壊の仕組みを作ったヘルシンキ合意の見直し会合に赴く途中、自動車事故で死んだ。ギューゼル夫人と同上の二人の亡命者は軽傷だったという。 
 筆者が、ボストンで出会ったのは、77年の頃だったと思う。夫人は文字通りの芸術家で、普通のアメリカ人であれば、敵対しないように絵を誉めそやすばかりであるが、好悪をはっきりさせる人であった。ケンブリッジの大学生協の裏にある、芸術講座での批評は、辛らつであった。アマルリク氏ご本人は、こげ茶色のブレザーを着こなして本当に穏やかな話し振りの紳士で、胸もとのポケットに挿した赤いバラが良く似合った。摩天楼のビル街よりも、カテドラルの伽藍の方が似合う夫妻だった。アメリカからフランスに渡り、スイスに近い国境の町に別荘のような自宅を構えたと聞いた。令夫人は、ロシアに戻られたのだろうか。
日本で、ロシアの地下・反体制運動に呼応して活動した、正垣親一氏のことも忘れれない。正垣氏は、1947年7月20日疎開先の長野県生まれ。成城高校時代は水球の選手で、東京外国語大学ロシア科卒。2001年4月16日逝去。60年代末に商社の漁船の通訳のアルバイトとしてはじめてソ連へ行ったという。社会主義礼賛一辺倒の国内の動向とは裏腹に、全体主義が実は陰鬱な抑圧の国家体制でであることに気づいた。正垣氏の著述に触れたのは、ソ連の国際短波放送について書いた論文で、西側の放送を自国民に聞かせないためのジャミング(電波妨害)の仕組みなどで、中央公論に掲載された。国際サハロフ委員会の委員で、良心の囚人を救出するための葉書を出す運動などをされた。地下出版物などを編集して、邦訳して出版する。1983年からはソ連の地下情報についてのサムイズダートの発行、1985年から、氏自身の論評を加えたニュースレターを精力的に発行して、ソ連の圧政の実態について、読者に知らしめた。ファクシミリ送信で、インターネットの時代ではまだなかった。ゴルバチョフ政権になり、ソ連入国が可能となり、頻繁に取材して雑誌や新聞の記事とした。国会議員が、モスクワの集中暖房を誉めそやしていた頃に、石油ストーブと自由の関係を説明し、無料の医療が注射針の取り回しであること、食料の無料配給が欧米では家畜用の穀物であることを解説されたことを思い出す。ソ連崩壊後の混乱の中では、モスクワで、無料食料運動に取り組んだ。組織に頼らず、個人の力で尽くした。2003年11月3日から9日まで、銀座の澁谷画廊で、同氏の三周忌を兼ねて「追悼のロシア展」が開催された。
 さて、チベットや、モンゴルや、トルキスタンや、そして台湾や中国や、圧制に苦しむ諸民族の人士が日本を往来している。日本に対する期待は高まっている。自立・自尊の日本を確立するためにも、ソルジェニーツィン氏や、アマルリク氏、そして、正垣親一氏の軌跡をたどることは無駄ではない。ソ連全体主義同様、郵政民営化など新自由主義の虚妄と、国際的には拝金抑圧の膨張帝国主義が、いずれ崩壊することは単に時間の問題であることに気づくからである。」

Kuroshio 136

山形健介著「たぶのき」の蘊蓄

 村上正邦先生などの呼びかけで開催された「祈りの日」の式典で、植物学者の宮脇昭先生の講演を聞き、防潮林として白砂青松よりもタブノキの方が強いことが分かり、タブノキの魅力に心を奪われた。三田の慶應大学の構内から日比谷公園、そして、皇居の東御苑や大楠公銅像の斜め後ろや新築の飯野ビルの生垣、浜離宮庭園、神田橋の近くの遊歩道や駒沢公園を巡りタブノキを探し回った。大井町の仙台坂に聳えるような巨木があり、水戸の川又町の水田脇にも巨木があること、友人から越後の村上の河口にはタブノキの林があることなどを教えて頂いたりしながら、何ヶ月間か特集記事のようにタブノキについて書き連ねた(本誌三七九号「いのちを守る森の防潮堤」、三八〇号「大日本タブノキ名鑑」、三八一号「タブノキ探訪記」、三八二号「折口信夫の古代研究とタブノキ」、三八三号「異郷に根付くタブノキと島人」、三八四号「韓国と東南アジアのタブノキ」)。黒潮文明論の題材として、最近では古代の製鉄を取り上げて、それなりの新発見もあったが、沖縄を含む南西諸島における古代製鉄について何か文献がないかと、世田谷区桜新町の区立中央図書館を訪ねた。貝塚などにも触れている平凡社の『鹿児島県の地名』を入手しようと考え、二〇〇〇円也の札がついている古書を神田の古書店で見つけたが、大冊で持ち帰るのが面倒だから翌日回しにしたら売り切れていた。ネットで探すと一万九〇〇〇円の値段がついていた。そこで、禁帯出ながら手に取って読める中央図書館に出かけたのだ。『沖縄の鍛冶屋』という題の本も見つけた。沖縄県で手広く事業をしている会社の金秀(かねひで)が鍛冶屋から発展したことなど興味深いことが書いてあるので立ち読みをしたが、南西諸島に湖沼鉄があったかどうかの肝心の議論には参考にならない。黒潮文明論に資する新刊書でもないかと蔵書の検索をしたら、法政大学出版局の「ものと人間の文化史」の一冊として、山形健介『タブノキ』が昨年三月二〇日に出版されていることが分かった。筆者がタブノキについて熱中して書いたのは、その単行本が出版される一年前であるから、新刊の『タブノキ』を早速借りだして、筆者の知るタブノキと比べ読みになった。

 名古屋の繁華街の御園座の向かいの通りに神木として扱われている「御園のタブノキ」があることは知らなかったし、新幹線の新神戸駅の裏手のロープウェイの駅の西側にタブノキがあることも初めて知った。育種した苗の植え替えが難しいとの指摘も興味深いことであった。魏志倭人伝に記述された木の名前の最初にあるのが、タブノキではないかとの解釈を採用し、さらに万葉集の大伴家持が詠んだ歌「磯の上の 都万麻を見れば 根を延へて 年深からし 神さびにけり」の「都万麻(つまま)」とは、舳倉島の島民がタブノキの大木をツママノキと呼んでいたことから、タブノキに間違いないとしている。

 楠と樟の字の解釈を巡っての議論も興味深く、樟木をたびのきと読む独特の苗字が能登の珠洲市にあるという。船材用の木が、実は現代のクスノキではなくタブノキであるとの解釈も成り立ちうるとも指摘している。渡来したポルトガル人はタブノキを「月桂樹のような、ある木」と日葡辞書に書いて、クスノキとは区別しているようである。また、日本各地にある楠を被せた地名は実はタブノキを示す地名ではないかとの議論を進めて、例えば、三浦半島の大楠山などは、クスというよりはタブノキが茂る山ではないかとの説を展開している。一章を割り当て、タブノキの用途の広さ、汎用性の高さについて日本の樹木の中で筆頭に挙げている。タブには、紅タブと白タブとの違いがあり、潮風に当たったタブが紅タブで、ケヤキよりも高級材として扱われ、桧よりも珍重されたと言い、タブノキは海水に浸かると一層硬くなり、また粘りと弾力性も併せ持っていることを紹介する。沖縄方言でタブノキのことを「斗文木(ともんぎ)」と言うが、美しい木目が現れるからである。シロアリが食べない木としても有名で、丹後の伊根(いね)の舟屋(ふなや)にもタブノキが使われており、京都の社寺建築の用材として採用され、またトラックの床板や鉄道枕木にもなった。それで奄美大島や沖縄・南西諸島では乱伐されてしまったから、どの島にももう大木が残っていないのであるとの酷な指摘も銘記されている。正倉院の渡来の木箱も材料はクスノキではなくタブノキではないかとの異論を出し、韓国にある世界遺産の八万大蔵経の版木はタブノキだと断定している。奄美大島の博物館にはタブノキの丸木舟が二隻展示され、今も鰹節を燻乾する薪にタブノキが使われ、オオミズナギドリとタブノキが共生しているとする。舞鶴湾にある天武天皇所縁の冠島についての記述は出色で、宗像大社沖津宮の沖の島に繫がることを想像させた。日本海の酒田の沖にある飛島がタブ島ではないかとの仮説もある。列島各地、九州と南の島々、北陸、若狭・山陰、東京・関東、東北・東海、近畿、瀬戸内・四国と全国を巡っており、また、台湾・韓国・支那のタブノキについても蘊蓄(うんちく)を極めている。 (つづく)

Villains of Privatization

http://japanpost.jp/pressrelease/jpn/2015/20150501109921.html

郵政民営化の闇の一部。氷山の一角。私物化。巨額資産の支配。外国勢力。単純な金銭損害の問題ではなさそうだ。郵政民営化以来の背任が、是まで不問にされてきたのではないのか。是でもマスコミは報道しないのか。是でも検察は重い腰を上げようとしないのか。

World Restoration

「月刊日本」論説委員の山浦嘉久氏が、一水会の機関誌「レコンキスタ」第432号に論説を掲載した。ご本人の了解を得て、転記して掲載する。

クリミア訪問で伝えられたプーチン大統領の日本観

  一水会の木村代表がクリミアを訪問したことは、実に深い意義があるということを申し上げたい。前号の「レコンキスタ」四三一号の報告記事において、クリミアのセルゲイ・アクショノフ首相が日本社会の尊敬すべき三つの美点として、天皇陛下の御存在、家族制度、そして社会秩序が堅持されていることを挙げ、「この三つの要素が上手く結びつき、日本を日本たらしめている。これに我々は学ばなくてはならない」「日本の元首である、天皇陛下には強く尊敬の念を持ちます」と述べたことが記されていたが、この発言と分析は素晴らしい。そしてこの認識を持っているのがプーチン大統領であり、むしろプーチン大統領の言霊がアクショノフ首相の言論と心性を規定しているので波無いか、と推測される。あの発言を引出し、視察団が直接首相から聞くことが出来ただけでも、一水会のクリミア訪問は価値があったと思われる。
もはや欧米のような「覇権の力学」では、現在のような人類文明史における大転換点期に対応できない。政治学者サミュエル・ハンチントンはその著作「文明の衝突」の中で世界の文明を中華文明、ヒンドゥー文明、イスラム文明、東方正教会文明、西欧文明、ラテンアメリカ文明、アフリカ文明、そして日本文明の八つに分類し、冷戦後の世界秩序を分析した。文明の断層地帯、ことに西欧とイスラム圏、ロシア圏とが関わる場合において衝突の可能性があることが述べられているが、私はこの一角を担う日本文明も世界において果たすべき大きな役割が必ずあると考えている。
その点からしても今回一水会がクリミアにいったことと、これまで木村代表がロシア方面との交流を蜜に持ち、日本の民族派の損愛をしらしめていること、そしてプーチン大統領もそれに呼応して関係を構築しようとする動きをとっていることに新たな可能性を感じるのだ。
プーチン大統領はKGB出身であり、西欧の報道では諜報機関の怖さのイメージばかりが喧伝させられているが、対外情報活動をやっていたエリートとしてのちせいを馬鹿にしてはならない。また彼は可K津討議をよくたしなみ柔道もかなり遣うが、彼の師はかつての黒龍会に所縁ある日本人だと言われている。   
 プーチン大統領はそういう筋からも日本を理解しているのではないか。この混迷の世界状況のなか、英米の支配に対抗するロシアの復権を目指すとともに背世界政治の公正を呼びかけ、唯独り、的を得た動きを見せている政治家はプーチン大統領のみである。このような人物と連携することは重要だ。

過去の威信を越えた「世界維新」を起こせ

この二十年来の一水会をみていると、イラクをはじめとする中東方面とロシア方面での活動に、かつての内田良平の黒龍会的なものを感じる。内田良平と大本教の出口王仁三郎の関係にみられるような宗教者の霊性、叡智に触れる景気を餅ながら行動することも重要と考える。「王政復古の大号令」の起草者玉松操の師にあたる、幕末の国学者大国隆正は「天壌無窮の皇位は世界万国に君臨すべき神聖」という「万国総帝論」を説いた。その中で、彼は「明治の御一新を一国の独立だけに限定することに満足してはならない。あくまで明治維新は賞維新であり、天皇が万国の総帝となる。世界維新の礎としなければいけない」と指針を述べている。その考え方から言えば、明治維新が小維新、大東亜戦争が中維新、そひていまこそが大維新のときかも知れない。
「皇道」を唱えた今泉定助や歴史家平泉澄らの影響下にある識者により、昭和十二年に編纂された「国軆の本義」には、
「天照大神が皇孫瓊瓊杵ノ尊を降ろし給ふに先立って、御弟素戔嗚ノ尊の御子孫であらせられる大国主ノ神を中心とする出雲の神々が、大命を畏んで恭順せられ、こゝに皇孫は豊葦原の瑞穂の国に光琳遊ばされることになった。而して皇孫光琳の際に授け給うた天壌無窮の神勅には、豊葦原の千五百秋の瑞穂の国は、是れ我が子孫の王たるべき地なり。宜しく爾皇孫就きて治せ。行矣(さきくませ)宝祚(あまつひつぎ)の隆えまさむこと、当に天壌(あめつち)と窮りなかるべし。と仰せられてある。即ちこゝに儼然たる君臣の大義が昭示せられて、我が国体は確立し、すべしろしめす大神た天照大神の御子孫が、この瑞穂の国に君臨し給ひ、その御位の隆えまさんこと天壌と共に窮まりないのである。」とある。
この「豊葦原の瑞穂の国」「天壌無窮」に日本の汎神論的な精神があり、西洋の一神教とは違う、西洋的なロゴスを必要としない国の豊かさがある。
  角田忠信と言う学者が「日本人の脳 脳の働きと東西文化」という本のなかで、 日本人は他の言語を母語とする者と右脳と左脳の働き方がちがう、ということを書いている。虫の声、波、風、雨の音などを、言語で処理する左脳で受け止めるのは日本語を母語として育った脳だけだという。また、明治以降知られるようになった外来語が訳されるなかで、「サイエンス」を「科学」と書き、そこに「科」(とが)という、罪を区分するのと同じ意味をもつ語を使い、科学の利便性を認めはするがすべて肯定するのではないという日本語の完成はすごいことだ。
これらを踏まえて新たな文明論を構築すべきだ。排外主義ではなく、新たな価値創出をする。かくありき、かくあるべし、ではなく山川草木にも神が宿るということを、学問的に理科にするのではなく、当事者として、日本人として生きよ、と言いたい。

歴史が示す維新の兆候

  慶応三年、世に「ええじゃないか」の争乱があった。それは明治維新直前の庶民の無意識の反映たる大衆騒動であった。その時期、伊勢神宮への御陰参り激増したことも伝えているが、平成二十五年、式年遷宮の年には伊勢神宮の参拝客数が過去最高の千四百二十万人余りを記録し、平成二十六年も千八十六万人を超える参拝客があった。この、日本国民全人口の一割ほどの人間がお伊勢参りをしたということは何を意味するのか。庶民が肌で感じる時代の潮流がいままさに大きくうねっている。ふたたび「ええじゃないか」のような騒動が起き、維新が起きることの予兆ではないか。それをリードする方向性を感じさせるのが民族派の感性、思想、行動なのである。維新を成就するために様々な形態、いろいろな活動があってよい。古来よりの魂を受け継ぎ、保守的ながらも、革新的な頭をもち、それらを超越した諜体制の意識、世界維新を担う自負心を持たねばならない。我々はいま歴史の帰路にある。大いなる禊ぎ祓いが必要だろう。その視点から、いまの政府の堕落を批判し、視野を広め、世界を視るという姿勢をしめさねばならない。本物の維新者としての思想と行動が求められる。

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