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Kuroshio 137

日本語と世界言語への可能性

英語のworldは、日本人にとってなかなか発音しにくい単語だ。ワールドと書くが、その通り読んでも英語の発音にはならない。軽く口を開けて舌先を丸めた状態で、喉からアーと発音すると良い。アングロサクソン系以外の人には発音が難しいらしく、フランス系カナダ人の先生からは、ニューヨークでは日本語のまま読んでウォイルドと発音した方が通用すると教えてもらった。喉から絞り出すような中間の母音が南島の方言には残っているから、黒潮の民にとっては練習すればそれほど難しくない。南島では、子供のことをクアーと発音するが、その音が喉から出るアーの音に近い。喉からイーと発音する音はどうだと言う議論が次に来るが、臭い話でおならのことをフイーと言う。そのイーがワールドの英語のアーのように、喉からつまって出る発音だ。目のことをムイーと言うが、そのイーの発音も同じように喉から発する。フイーの場合のフの発音は、Fの破裂音に近く、遮ぎるものがなく抜けてしまうようなハ行の音ではない。目の発音のムイーのムは、窪みや穴という意味もあり、イョンムイーとは、厳(いわお)の穴、つまり洞窟のことだ。いろは歌の有為(うゐ)の奥山のゐの発音とは異なる。次に、ウーの音だが、数字の十がその音だ。今では、「とー」と発音されているが、トゥーでこれまた喉から出る音である。鶏をおびき出すように呼ぶときの声が、トートーで、数字の十の発音と同じである。人を呼びかける時のエーの発音が同じだ。ここに来てご覧、と言うときに、エー、カンチーメ(ここに来てみて)、という具合の相手に呼びかける声になる。標準日本語にはゑの字も失われつつあるが、あさきゆめみし ゑひもせすのゑとは違うエーの音である。黒潮の民の言語には、母音が強弱に応じて複数行あったのだ。平仮名のあいうえおと、喉から出る詰まった発音のアイウエオの二種類があったのではないだろうか。や行のイ、ヱもあったし、わ行のヰも于もそれなりの音があったと思う。んの音もあった。

 ハーバード大学の日本語の教本に「山の音」と言う題がついた例文が載っていた。日本語の特徴は、右の脳で感じて左の脳で考えることを瞬時に行っている言語であるから、日本語の特徴を的確につかむ例文の題は適切であった。漫画では、音のない場面に「シーン」と書いてある。更けゆく秋の夜のすだく虫の音がスイチョ、と聞こえ、セミの声が、時雨のように聞こえながら、ツクツクボウシと左脳で符号にしているが、欧米人には虫や蝉の声は雑音だ。言語障害で文字が読めなくなる場合があるが、アルファベットの母国語をもつ人の場合には、読めるか読めないかだけのことだが、日本語を母国語とする場合には、漢字だけが読めない、カナだけが読めなくなる、漢字の意味は分かるが読みが分からなくなるなど様々な症状が出る。平仮名で書くのか、カタカナで書くのか、漢字で書くのかによっても、微妙な意味あいが異なるし、大日本(おほやまと)に醇化していない外来の概念は、いつまでもカタカナに留まっていることがある。最近ではどうしようもなくローマ字のままで放置されている事例も見受けられる。コンプライアンスとかシンパシーなどと横文字のままで居座っている横柄は、そもそも怪しいと左の脳が受けとめているからだが、どんどん巷に増え続けているのは遺憾千万なことだ。

 標準の日本語は、五つの母音とあかさたなはまやらわの清音との組み合わせで構成される二次元の行列になっている。日本語が、母音を左脳で符号化して、それと清音や濁音、それに拗音と組み合わせて構造化していることが基本だ。日本語の濁音は、清音に強弱をつけるためにあるが、その必要がなかったからか、南の島ではラ行とダ行とを区別できない人々も多数いた。ラジオとダジオが区別できず、濁音の優しさにもっと優しいヲが加わった。RとLの区別も、右と左の区別を凜(りん)とする必要がなく、権力の圧迫の緊張がなかったからだ。ラテン系の言語も母音で音節を終える言葉が多く、日本語に似ているが、イタリアに詳しい親戚の者に聞いてみたら、RとLとを区別しない曖昧な地域が結構あるとのことだった。

 日本語は母音単音がひとつの言葉になる。あいうえおの一文字だけの色々な単語があるが、日本語を母語とする人以外には、単音を言語として認識できない。黒潮の民は、母音を聞き分け、符号化して分類し、統合する能力を持っている。だから、音声を切り出す単位が桁違いに多くなる外国語を習得することを、日本人が億劫に思うことは当然である。漢字は母音を基軸としない子音中心の言語に、意味がくっつく複雑さがあり、表意のパターン認識は便利だが、威嚇する発音に強い違和感を持ったのは当然で、たおやかな母音中心の日本語に馴らすために、訓読みを当てて長い時間をかけて苦心惨憺・取捨選択して醇化して来た。あいうえおに加えてアイウエオの母音が併存する黒潮文明の言語世界で、五十音を百音に拡張して計算する可能性を更に切り開けば、人間の関係を高度に安定させる世界言語として顕現する可能性が確実にあると思う。  (つづく)

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