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2015年11月

Kuroshio 148

能登半島と黒潮の漂着神

●羽咋(はくい)には、羽咋七塚と呼ばれる古墳がある。かつて高志の北島と呼ばれたこの地に下向して土地を拓いたのは、垂仁天皇の第十皇子の磐衝別命(いわつくわけのみこと)で、その御子磐城別王命(いわきわけおうのみこと)に比定される大塚と大谷塚は、宮内庁によって御陵として管理されている。駅前に古墳があるのも珍しく、姫塚と剣塚が西改札口の左右にある。駅から徒歩五分の大塚の隣地に、磐衝別命などを祭神とする羽咋神社がある。羽咋の地名は、祭神に従っていた三匹の犬が怪鳥の羽を食い破ったことが起源であるとする。陵の土をとった跡の唐土山では毎年秋に古儀による相撲神事があり、日本最古の相撲道場と言われる。相撲、力士の言葉が日本書記と古事記に出現するのは、垂仁天皇の時代と言われるだけに、その皇子の陵の土を採集した土地で今も相撲神事が継続しているのは、興味深い。

●気多大社に行くために羽咋の駅で自転車を拝借する。東改札口から立派に整備された羽咋健民自転車道が、北方の志賀町まで三二キロ延びている。小浦川、羽咋川の橋を渡り、千里浜にある能登海浜自転車道との分岐点をなお北上する。柴垣海岸の松林に沿って十五分も走れば、気多大社の海岸の大鳥居が見えて来る。その前に折口信夫の父子の墓があるので、立ち寄る。墓碑に曰く。

もっとも苦しき たたかひに 最くるしみ 死にたる むかしの陸軍中尉 折口春洋 ならびにその 父 信夫の墓 

 折口は自ら昭和二十四年七月に自ら羽咋を訪れて春洋の生家藤井家の墓地に建てている。折口はもともと明治二十年生の大阪の人であり、昭和二年六月に初めて門弟の藤井春洋などと共に能登を探訪して、その時に詠んだ歌が、碑となっている。 

気多大社の境内に 気多のむら 若葉くろずむ 時に来て 遠海原の 音を聴きをり 春畠に春の葉荒びし ほど過ぎて おもかげに師を さびしまむとす 

柳田國男が牝鶏(ひんけい)と諌言した禁色の関係を想像させ、墓は漂着したかのように浜にある。

●気多大社は、もともとは越中国の一の宮であり、能登半島の要衝に鎮座している。近年、大社の南方近くに縄文前期からの寺屋遺跡が発見されており、また日本海沿岸に気多神社が広く祀られている。十月十八日は日本晴れだった。七五三で賑わう参道から伸びる道と海岸の砂浜である千里浜の北部とその北にある滝の港までの地点は、鴫・千鳥の渡りの群れが五月上旬に北上するので、重要な撮影ポイントとして鳥類観察の専門家の間では、有名な場所であると言う。渡り鳥が、能登半島から舳倉島を飛び、日本海を渡るルートがまだ残っているとのことで、鳥類の聖地でもある。気多大社の社叢は「入らずの森」という国の天然記念物となっており、素戔嗚尊と櫛稲田姫を祀る奥宮が鎮座する。昭和五十八年五月二十三日、全国植樹祭が石川県で開催された際に、昭和天皇は気多大社に行幸され、入らずの森入ってお祈りになっている。

斧入らぬ みやしろの森 めづらかに からたちばなの 生ふるをみたり

 戦争中、昭和天皇は陸軍が自分と相談することもなく松代に大本営の地下壕を作っていることを激昂されたが、昭和二十年六月六日に鈴木貫太郎首相は、帝都固守を方針とするよう主張して、陸軍に反対される。それでも翌日に閣議決定事項として宮中で突貫工事を行うことになる。天皇は工事現場を視察され、「ある日、一瞬立ち停られて、じっと地面の草をみつめられた。そして、侍従にいわれた。「あれだけ約束したのに、とうとう踏んでしまったね」天皇は悲しげだった。(加瀬英明著「昭和天皇の戦い」120ページ・勉誠出版)とある。気多大社で配布されている由緒には、御製に続けて、「決してみだりに採取などあそばさない。それぞれの植物が平穏に生存をつづけ、その場所の植物相がいつまでもかわらないようにお祈りになっているからである。「斧入らぬみやしろの森」は、そのところのおよろこびなのである」と書かれ、「神社の生命は祭祀にある」と続けている。

●入らずの森の周りを回る。深山幽谷の雰囲気をめぐると、裏手の池の上に、

くわっこうの なく村すぎて 山の池 

と書いた折口没後十年に寄進された句碑がある。森を横切るようにして抜けると寺屋町の大社焼の窯元の脇に出る。坂道を下りながら、農作業をしている人に春洋の生家を訪ねる。上の家ですと教えられたが、風通しの為か雨戸は空いていたが、日常、人が住んでいる気配ではなかった。立派な破風のある家だ。春洋は國學院の教授でもあった。それから、大きな神社ではないが、気多大社の東三百メートル程の所にある延喜式内社である大穴持像石(おおあなもちかたいし)神社を参拝した。 神社の前は視界が開け、縄文の時代は波打ち際だったに違いない。「黒潮の漂着神を祀ったたぶの杜」が確かにある。折口の古代研究の第三巻の巻頭にあるタブノキの写真が撮られたのはここだ。境内には、鳥居をくぐると右側に地震抑えの石がある。タブノキと併せて地盤強固を示す証拠の石である。(つづく)

Kuroshio Culture and Tradition III

黒潮文明の旅をとぼとぼと続けている。67号から後をひとつのリストにしてみた。当方ブログのささやかな人生の探求である。ご一読を賜りたい。時々コメントなどを頂戴出来れば幸いである。90から96までは、タブノキにこだわりすぎたかも知れない。とうとうトルコのアンタルヤのタブノキまでを網羅することになった。いよいよ100号をこえて、南支那海を彷徨するはめになった。107回で与那国島を再訪して、いよいよスンダランドへの旅に出る。筆者は、スンダランドが黒潮の民の故地と考えている。途中、海底の地下資源の話をするのに時間がかかり、本当は南の方向に向かっているまでには至らない。

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○の中に、数字を書くやり方がまだ判らないので○なしになっている。読者でご存じの方がおられれば,ご教示方お願いしたい

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Kuroshio 147

黒潮がツランと出遭うところ

●北陸新幹線が金沢まで開通したから、能登半島に出かけるのも、東京から東海道新幹線の米原で乗り換えて敦賀や福井や白山に行くのと同じように簡単になった気分がして、対馬海流が洗う舳倉島(へぐらじま)に行くには時期を佚してしまったが、能登の国の一之宮の気多大社に詣でようと、宿泊を予約せずに列車に飛び乗ったが、宿泊観光協会の窓口に電話をしても羽咋(はくい)の土日の宿屋は満杯だと断られた。金沢に観光客が殺到しているとの話を聞いてはいたが、能登半島にまで賑わいが及んでいるとは知らず、迂闊であった。羽咋に行く旅程は、新幹線を富山で下りて、北陸新幹線の金沢延伸と同時の三月一四日に並行在来線区間を継承して開業した「あいの風とやま鉄道」と「IRいしかわ鉄道」とを乗り継いで高岡や倶利伽羅(くりから)を経由して更に津幡で七尾線に乗り換えて羽咋に行くことにしていた。高岡駅前に素泊まり一泊の六〇〇〇円也の宿が見つかり、羽咋には高岡から翌早朝に出立することにした。

●徳之島に犬の門蓋(いんのじようふた)という隆起珊瑚礁が荒波に浸食されてできた断崖や洞門、洞窟が海岸線沿いに続く場所がある。そこに、北陸の高岡から来た新婚旅行客の二人が転落して死亡した事故が起きたことがあった。嘆き悲しむ母親の歌が新聞に掲載されていることを覚えている。事故が起きたのがいつのことだったか、悲しい歌の文字も忘れてしまったが、高岡の夫人が、人の生き死にについて、しかもわが子の死について心を定める信仰心を持っていることに感銘を深くしたことがあった。事故死した新郎は高岡の銅器製造会社の経営者の子息であったと記憶している。高岡はGHQとの交渉に当たり、戦後憲法の起草に担当者として関わり、後に内閣法制局長官、人事院総裁を務められた佐藤達夫氏の出身地でもある。同氏は、『植物誌』という著作がある植物愛好家であり、北原白秋に師事した歌人でもあった。また、大蔵省の会計課長を辞し前々期の高岡市長を務めた佐藤孝志氏の岳父である。筆者が任官したときに代々木の選手村後の講堂で、佐藤人事院総裁が「貴方方はもはや天皇の官吏ではない、国民全体の奉仕者である」と訓示したことを記憶しているが、未だに一抹の違和感が残る。後に総理大臣となる竹下登氏が内閣官房副長官として陪席していた。

●高岡駅から高岡山瑞龍寺まで歩いた。山門と法堂が国宝であり、総門や禅堂などほとんどが重要文化財となっている江戸初期の禅宗寺院を代表する建築である。加賀二代藩主前田利長公の菩提を弔うために、その義弟で三代藩主利常公が、時の名匠山上善右衛門嘉広をして建立した曹洞宗の寺である。仏殿の屋根は鉛の瓦で葺かれている。鉛瓦は加賀藩の居城金沢城の石川門と三十間長屋と瑞龍寺仏殿、それに消失した江戸城以外にはない。加賀藩には、松倉・河原波・虎谷・下田の四金山、吉などの鉱山があって、鉛がふんだんに生産された。それに銅の加工技術もあり、鉛に〇・〇六%から〇・〇八%の銅を加えて強度など高める技術があった。五箇山の大家族の家は、培養法という古来の硝石採集、即ち黒色火薬の原料を採集する為ではなかったかとの説を既に書いたが、加賀藩は鉱山と精錬術に秀でていたのである。今回ノーベル物理学賞を受賞した東大宇宙線研究所長梶田隆章氏は、本人家族が富山市に居住していることも興味深いが、神岡の地中深くに建設した研究施設を使用していることと宇宙線の観測が鉱山掘削技術との関連を想像させるのは、尚更に興味深い。瑞龍寺の本尊の仏像は釈迦・文殊・普賢の三尊であるが、大明帝国からの渡来仏である。落雁は今は有名な和菓子の代名詞となっているが、元々は明の小麦粉・米粉を水飴や脂肪で練り固めて乾燥させた軟落甘という支那の菓子であるから、加賀韓と大明帝国との活発な貿易関係と往来が想像できる。
●大友家持が越中守として高岡の伏木に赴任し天平時代の五年間滞在した。万葉集の全歌四五一六首のうち、家持の歌が四七九首あり、そのうち二二三首が越中時代に詠まれたとされる。富山湾奥の港を総称して伏木富山港と呼んでいるが、支那や朝鮮半島との定期航路もある重要な港湾施設である。ウラジオストックとの交易もある。富山湾は水深一〇〇〇メートルにも達して、さながら天然の生簀のような海である。表層を流れる暖かい対馬暖流と深い所には冷たい深層水があり、暖流と冷水の両方の魚が生息できる。山々からは豊富な酸素と栄養分が供給される。海底地形が沿岸から急激に深い海底谷となっているために、漁港に近い位置で漁ができ、定置網漁が発達している。

●高岡駅前から万葉線という路面電車が射水市となった新湊の越ノ潟の終点まで走っている。新型電車の車内では、立川志の輔師匠が声の車掌を務めており、寄席にいるような気分で乗れる。新港を横切る県営の渡船はなんと無料だ。新湊大橋は投光されて夜空に美しく映える。近くに海王丸も展示されている公園がある。大橋を歩いて渡る。大伴家持が奈呉(なご)の海や奈呉の浦と詠んだ放生津潟の入口にかかる、富山新港を跨ぐ新橋である。  (つづく)

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