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Kuroshio 151

沖縄本島備瀬の浜辺にて

●夜明け前の月明かりが、天空を刺繍しているかのように煌々と照らしている。伊江島が影絵のようになって、その特徴のある塔柱(たつちゆう)をくっきりと浮かび上がらせている。島の水辺線には集落の電灯が漁り火のように点滅している。手前のエメラルドビーチの白い砂(いさご)が、月光にいよいよ白く輝いているし、伊江島との海峡の水道は、北風が吹き抜けているらしく、波頭が白く泡立っているかのように光って見える。現前に、備瀬(びせ)のイノウが広がっている。月明かりだから瑠璃色にはならないが、それなりに透き通った蒼色の珊瑚礁の海面が広がっている。備瀬の岬の先の小島と突き出た半島の間からは、遙かな沖の白波が見えて、それがあたかも橋のように見えたから、近年、古宇利島に懸かった橋と見間違えた気分になった。珊瑚礁の島に据えられた灯台が海面に光を投射しているが、海原は月明かりだけでも十分に明るい。月の明るい季節のイノウに魚が寄り付くわけではないから、魚獲り人(いぅとぅいちゆ)が浜に出ている姿はない。海の航海や集落の安寧を祈る巫女か、あるいは、生活の不満に前夜に酔いつぶれた男が朝に目覚めて、この神々しい絶景が眺められる高台の場所に足を運んで来ているだけだろう。子供が夢遊病者のようになってフラフラ夜の浜辺に出て魂(たまし)を抜かれそうになっていることもあるのかも知れない。
●アイヌ語でピスと言い、沖縄で珊瑚礁の環礁のことをビシといい、隼人の言葉で川の中州をヒシと言い、大隅の志布志の菱田川のことを想い、南島に島流しになった西郷南洲の洲と、熊野の本宮大社の故地である中州のことを思い浮かべ、沖の伊江島の古生代の、世界的にも古い地層が露出している塔柱と組になって、沖縄の本部半島の先にある備瀬が、黒潮の民が祈りを捧げる場所であることに由来する地名であることがはっきり判る景色だ。黒潮は、伊江島の北側の沖を滔々と北上している。朝まだきの月の光が天空世界を煌々として照らしている備瀬の光景を見れば、人は祈らずにはいられなくなる。
●沖縄で海洋博覧会が開催されて、その跡地が公園になっている。世界最大級の美ら海(ちゆらうみ)水族館が整備され、多くの観光客が訪れるようになった。エメラルドビーチという、横文字の名前のついた海岸も、その博覧会の時に整備された、沖縄で最初の人工の砂浜だ。黒潮の民は、海岸を私物化することはないが、外国の占領軍は海岸を閉鎖していた。さすがに、日本国営の施設でもあり、エメラルドビーチは閉鎖海岸にはならなかった。水族館には入場料が必要であるが、そのビーチには今でも自由に出入りができる。その海洋博の跡地の公園の北側に、地元のビール会社の名前のついたホテルが新たに建設されて、エメラルドビーチとその高層ホテルとがつながっているかのようになった。備瀬の集落の拝所はホテルの敷地内になってしまっている。夕方の五時半には、ホテルとエメラルドビーチとの間の門を施錠するとのことだが、それまでは、頭に銀のかんざしをした巫女も立ち寄って、線香を手向けてウトウトすることが出来るようだ。ホテルの入口には、門中の亀甲墓があるから、支那大陸からの新しい葬礼の名残も残っている。しかし、その下の海岸の汀近(なぎさ)くにあって、今はホテルの敷地の中になってしまった拝所こそが、黒潮の民の古い墓所であり聖地であることをはっきりさせておかなければならない。備瀬の海岸の全貌を眺める為には、このホテルのベランダが最上である。崖のことをバンタと言い、今帰仁(なきじん)の城のように、西方浄土ならぬ瑠璃色の黒潮の流れを想像して祈りを捧げる絶壁の高台が最適であるが、ホテルのベランダが現代のバンタである。
●備瀬の集落は、そのホテルの北側にある。集落が碁盤の目のように区画整理され、屋敷はフクギに囲まれている。フクギは防風林としての役があり、一キロの並木道を形作っている。王朝の時代、約三〇〇年前に植えられたものだが、フクギは幹が真っすぐに伸びて枝葉が密生し、葉は厚く燃えにくいため防火や防風に最適な樹木として撰ばれたらしい。台湾から移入された木麻黄(もくまおう)と並んで、フクギが防風林になっている集落が南西諸島では珍しくはないが、備瀬の集落の並木は、成長の遅いフクギが切り倒されずに残った異例として今では観光資源になっている。
●備瀬のイノウで釣りをしている人に聞いてみると、予想通り、元服の魚であり、夏の新月の暗夜に大量に寄せ来るスルルグヮの魚、スクの魚が大きめになったアイゴが良く釣れるとのことであった。色鮮やかなベラも一緒に釣れていた。集落に住み着いているらしい野良猫様(まやーがなし)が珊瑚礁の上にお出ましになって、釣れた小魚に舌舐めづりをしていた。海岸沿いの浅瀬には、緑色のロープが張られ、アオサが栽培されていた。採集作業をしていた夫婦者にいくらで売れるかと聞いたら口を濁した。
●ホテルの庭で、酔っ払いが警備員に追い出されていたが、地元の人が元のバンタに、夕日を眺めに来たか伊江島の塔柱を拝みに来たが、ホテルの敷地内になってしまったので追い出されたのであろう。米軍基地の中に拝所が残っていることと同類か。(つづく)

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