構造改革、民営化、市場原理主義の虚妄から、マインドコントロールを解くための参考図書館

« Kuroshio 154 | トップページ | Kuroshio 156 »

Kuroshio 155

●米国の畏友ロナルド・モース氏から、遠野市民文化賞を受賞することになったので、代わりに授賞式に出席し受け取って欲しいとの連絡が来た。以前にモース氏とジャッキー夫人、米国通で水沢出身の故椎名素夫議員も加わって、遠野で開催された柳田國男に関するシンポジウムに参加したことがあったし、モース氏とは義兄弟とも思う付き合いなので、快諾すると返事した。モース氏はメッセージを英文と日本文の両方で書いて送ってきたので、それを代読することにしたが、英語と日本語とを交ぜこぜにして、即興を加えて、聴衆に感懐が残るよう工夫した。挨拶文は「遠野の歴史と伝統の普遍性」と題され、内容は次の通りだった。
●ご臨席の皆さま、遠野市民の皆さま、そして遠野市教育文化振興財団の皆さま、この度は、第四二回市民文化賞の受賞にあずかり、誠にありがとうございます。現在私は、アメリカのネバダ州に住んでおり、今回は授賞式に出席できませんので、親しい友人、稲村公望氏に私の代理をお願いいたしました。稲村氏と私は旧知の仲で、兄弟のように親しい間柄でございます。私たちが初めて出会ったのは一九六〇年代で、私がプリンストン大学の大学院の学生で、柳田國男研究のため成城大学に留学しておりました頃です。当時稲村氏はちょうど東京大学を受験している時でした。それ以来、我々は多くの日米研究課題に一緒に取り組みました。稲村氏は、日本の南、つまり沖縄の専門で、私は日本の東北を専門とする学生でした。先程も申し上げましたが、遠野市教育文化振興財団の皆さまには、このような栄誉ある賞をいただき、心から感謝申し上げます。私のように、遠野のような日本の地域社会と、ここまで、親しくさせていただける、幸運な外国人研究者は他にはほとんどおりません。これまで、長年にわたり、遠野の文化遺産を国際社会へ伝えるお手伝いができましたことは、私にとっても、とてもやり甲斐のある楽しい仕事でした。遠野は比類希な場所であり、海外で遠野のことを知った人たちは皆、その伝統に深い感銘を受けます。私が遠野について成し遂げられたことの多くは、皆様の助けなしではできなかっことです。一九七五年の遠野物語の翻訳では、多くの日本人の専門家の方々の助言をいただくことができました。日本語はとても難しい言語であり、当時近所に住んでいた来嶋靖生氏にもたくさんの助言をいただきました。皆さまの多くがご存じのように、来嶋氏は著名な短歌の専門家でございます。遠野物語研究所が作成した『遠野物語』の註釈もまた、翻訳作業において、とても有用でした。また、本田敏秋市長をはじめとする市役所の皆さま、および石田久男氏、前川さおり氏、河内夕希枝氏には長年にわたり、大変お世話になりました。私が遠野で辿った『遠野の歴史と文化』には独自性がありますが、また同時にそれは世界の、どの地域の人であっても理解し、共感できる、社会・文化・宗教的にも普遍性を持ち合わせております。それが理由に、『遠野物語』は今ではフランス語、ドイツ語、スペイン語、そしてイタリア語に翻訳され、また『遠野物語拾遺』も昨年二〇一五年には、英訳版が出版されました。もう一度申し上げます。遠野の強みは、その文化遺産の普遍性にあります。遠野の伝統は、世界のあらゆる地域の人達の、共通した人間の経験を反映するものです。言うまでもなく、これらの伝統を引き継ぎ、意味あるものとして、次の世代へと存続させていくことは、遠野の皆さまが担う責任でもあります。遠野が豊かな伝統に恵まれているため、世界に向けて、この『遠野』が刺激的な文化発見の目的地である、と発信することは、私にとって、容易なことであり、生きがいとなっています。遠野はすでに、海外都市と姉妹都市関係を結んでいますが、将来、遠野の若者たちがもっと海外で学び、住む機会があることを希望しています。遠野が世界でもっと認知されるために、私にできることはいたしました。しかしこれからは、遠野の皆さま一人ひとりが、遠野の文明についてのこのメッセージを世界に向け発信する番です。この賞を頂戴するにあたり、これまで多くの皆様のお力添えがあったことを感謝するとともに、これまでお世話になった皆さまと、この受賞の喜びを分かち合いたいと思います。これまでの応援、励ましに感謝いたしますとともに、このすばらしい賞をいただきましたことを、心よりお礼を申し上げます。 二〇一六年一月三一日
●教育文化振興財団の角田理事長から三枚のメモを頂戴した。まず、日光東照宮の創建についての新聞記事。二枚目が「江戸からみた日光東照宮と北極星」と題する、家康が葬られた久能山、本地仏薬師如来を祀る鳳来寺山、生誕の地岡崎と京都を結ぶ線、北緯三十五度の「太陽の道」、江戸、日光、北極星の「北辰の道」と、日光と久能山との間に富士山がある「不死の道」の図式を書いたメモで、三枚目が北極星、早池峰山、薬師岳、早池峰神社、浜峠地区の遠野斎場、伊豆権現の神社が一直線上にあることを示す「遠野・北辰の道 相関図」だった。(つづく)

« Kuroshio 154 | トップページ | Kuroshio 156 »

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/209267/63973337

この記事へのトラックバック一覧です: Kuroshio 155:

« Kuroshio 154 | トップページ | Kuroshio 156 »

2016年10月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31          

興味深いリンク