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Kurpshio 178

大隅半島の地質と地味

●奄美群島復帰五〇周年を記念して、平成一五年一一月七日、料額八〇円の切手が発行された。意匠は、田中一村(日本画家)が描いた「奄美の杜~ビロウとブーゲンビレア~」からツマベニチョウ、ヒシバデイゴ及びブーゲンビレアが描かれている部分を採用し、一シートに一〇枚の切手がグラビア印刷された。田中一村は明治四一年に栃木県に生まれ、一八歳の時、現・東京芸術大学に入学して将来を嘱望されたが、病気や生活苦の中で中央画壇と一線を画し、昭和三三年、五〇歳の時に奄美大島に移り住み、六九歳の生涯を終えるまで奄美の自然を描き続けた。奄美空港近くの笠利町に田中一村の作品を集めた美術館が開館している。ツマベニチョウがデイゴの花に止まり蜜を吸う切手の構図は奄美と琉球との関係を象徴しているようで、美麗なばかりではない意味深な記念切手である。ツマベニチョウ(褄紅蝶、Hebomoia glaucippe)は、日本列島では宮崎県を北限とし、奄美や沖縄等の南西諸島に生息するシロチョウ科の蝶だ。翅を広げると一〇センチほどになる大型の蝶である。ツマベニチョウの翅と幼虫の体液に、イモガイと同じ猛毒の成分が発見されており、鳥や他の昆虫等の天敵を毒で制して撃退する。ツマベニチョウの生息域は、インド半島を中心とする南アジア、支那大陸の南部を含む東南アジア、そして旧スンダ大陸に属したマレー半島から、フィリッピンやボルネオの諸島域、ウォーレシアと呼ばれるインドネシア東部のセレベス、ハルマヘラ等の島嶼の海島域にも広がっている。奄美の祖国復帰以前には、ツマベニチョウを追って、九州最南端の佐多岬に捕虫網を持った蒐集家が押し寄せたと言う。アサギマダラのようにツマベニチョウが今も大海を渡るかどうかは知らないが、その生息域の中心は海没した旧スンダ大陸にあったのではないかと思われ、黒潮の蝶を代表するようにも感じられるのだ。
●大隅国の成立が、日本建国に深く関わっているのではないかとの推論を立てて、塚崎古墳から佐多岬、錦江湾沿いの柊原貝塚と駆け巡ったが、地質学の観点からも、大隅半島は、本州弧と琉球弧の異なる地質の接合部にあたるようだ。薩摩・大隅半島は、西南日本を南北に二分する中央構造線の南に位置する。阿久根や川内などの薩摩半島北部の小範囲には、古生界と分類される古い時代の地質があるが、大隅半島や薩摩半島の南部には、変成度の高い岩盤である片麻岩や結晶片岩はない。霧島火山帯が、薩摩半島と大隅半島を二分するかのように琉球弧の南西諸島の島々に沿って走り、霧島、桜島、指宿、硫黄島、口永良部、諏訪之瀬島など活火山、休火山が多いのも特徴である。霧島山の西側、薩摩半島の北部の山岳部には火山岩が広く分布する。更新世後半に、錦江湾の湾奧の姶良火山、湾口の阿多火山を形成する大規模な火山活動があり、両カルデラ火山から噴出した軽石質の噴出物がシラス・熔結凝灰岩として広く堆積している。凝灰岩は石材として切り出されてもいる。奄美大島、徳之島、沖永良部島、与論島には、世界的にも古い地層としての粘板岩などが分布して、その上部に琉球石灰岩や隆起珊瑚礁が堆積しているが、それに比べると、薩摩・大隅の地層は若い地質である。薩摩半島北部の紫尾山、大隅半島の高隈山、佐多岬、屋久島などには、中新世の花崗閃緑岩や黒雲母花崗岩が見られる。奄美大島と徳之島には、中生代の花崗閃緑岩が見られ、徳之島には、更に古い輝緑岩が見られる。土地利用を見ると、薩摩半島北部地域にはシラスの分布が割合に少ないところから、出水平野と川内川沿いに数珠状に形成された盆地には水田が分布している。薩摩半島の中南部は、西部の海岸の砂丘沿いに水田が細長く開けているが、シラスの影響を受けて生産力は高くない。開聞岳周辺の畑地は火山砂礫の礫土で、耕作の大きな障害となっている。大隅半島の北部は、桜島と霧島両火山の噴出物である軽石層があり、ボラと俗称されている。大隅半島の水田は肝属川の低地にまとまっている他、シラスの浸食された谷間に細長く存在する沖積地に屋地田がある。シラスの影響を強く受けて、土性が粗く生産力は低い。従来は、荒れ地として放置されるか桑畑等に利用されるのみであったが、近年、笠野原灌漑事業として長距離の導水が行なわれ、一部開田されているところもある。肝属川の中央部には、泥炭や黒泥土壌があり、谷間の水田が湿田となっていることは珍しい。神武天皇が幼少の時代を過ごしたとの伝説を語るにふさわしい稀な肥沃の土地が僅かに存在するのだ。高隈山地の北辺や大隅半島中央部のシラス地帯には、草地の原野が分布して採草放牧地となっている。大隅半島の海の玄関口である志布志港に、北米から輸入される家畜用の飼料が備蓄される穀物サイロが日本最大規模で林立するのは、日本では珍しい牧畜の渡来の伝統が背景にあることを想像させる。大隅半島南部の地味は比較的に良好であるが、開発は遅れて過疎が進む。[本項は「国土庁土地局国土調査課監修、土地分類図(鹿児島県)昭和四六年」に依拠している](つづく)

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